厚生省現役局長の逮捕という衝撃的な事件は、まだ途中だけれどその捜査を担当した主任検事が逮捕されるということになった。

「逮捕」は「有罪」ではないから、主任検事が本当に罪を犯したかはまだ不明だが、この事件は、日本社会が案外、わかりやすいことを示したものだ。

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日本の裁判が「真実を明らかにする」のではなく、「裁判官と検事の出世のための裁判」になって久しい。

私も証言などで10回を越える裁判の経験があるが、常に「裁判官の次の職は」と「検事は次にどこに配置換えされるか」が裁判に関係する人のもっとも大きな関心事で、裁判に勝つためには「事実」よりも関係者の「出世」を考慮しなければならない。

このことを最初に経験したときにはビックリしたものだが、今では「日本の裁判は「裁判官と検事の出世」のために行われていて、被告は単にその材料に過ぎない」というのを当然のように受け止めている。

つまり、事件に当たって検事の第一の関心事は「犯罪があったのか、なかったのか」ではなく「この事件で自分は次にどこにいけるか(出世コースに乗れるか)」である。

また、裁判が始まってからの裁判官の第一の関心事は「犯人か、無罪か」ではなく「この事件の判決をどのように書けば、高級審にいけるか」である。

今度のことはそれがハッキリと示した。逮捕された厚生省の局長もそのぐらいのことは分かっているはずである.

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第二に、「ウソは許される」という日本の社会のゆるみである.

鳩山前首相は親から毎月1500万円をもらって、贈与税を払わず、膨大なお金の使途も言わない.明らかなウソだが日本社会はそれを許している.

マニフェストにウソを書いても良い。当選したら現実的でないものは変えて良いとテレビの解説者が言う.これも「ウソをついても良い」と言っていることだ.

多くの報道が、ツバルの面積が変わっていないか数%増えているのを知っていて、「沈む島」としてツバルを紹介してきた。でも、「少しぐらいのウソは良いよ。目的が正しいのだから」と日本社会は認めてきた。

「焼却するのはもったいないから分別してリサイクルする」と呼びかけて法律を作るときには焼却をリサイクルに参入した。これも日本語を英語(サーマル)に変えるだけのウソであるが、自治体は「法律に基づいてリサイクルしているのだから」という理由で高いリサイクル率を公表し、国民もスーパーに行って現実を見ればリサイクル品が極端に少ないのに、建前だけで「60%リサイクル」というウソは許している.

環境ならウソをついてもよいということで「公共広告機構」(今のACジャパン)があたかもリサイクルしていると宣伝を繰り返した。広告のウソを自粛する機関が自らウソをついているのだから、検事の犯罪もあり得るのだ。

ウソがあっても良いという日本人の態度が、司法に及んだだけである。誠実さのない社会を日本人が認めている間は、このようなことは頻発し、裏で行われるだろう.

それは日本人自身のゆるみの問題である.

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最後に今度のことで検事が逮捕されたのは、相手が厚生労働省の局長だったからである。もしこれが「平民」なら検事は不問に付される.

検事のやらせ、ねつ造など昔から多いが、相手が平民ならそのまま握りつぶす.

報道でも相手が首相や権力者なら過去に何回か問題になったが、平民相手に騙しても、訂正も内部調査もしないのが普通だし、それを日本国民は認めている.

でも、権力者のときにこのようなことが起こるのは、この種のことが「組織ぐるみ」であることを示している.つまり、検事やディレクターが個別にやったことを組織が認めているということだ。

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「日本を良くしたい」と思って日夜、働いたり、努力したりしている人が多い.でも、「良くする」ための第一条件は

「誰も見ていないところでも、言い訳ができても、誠実さを保つこと」

である。

「誠」だけを厳密に守る、そんな人たちと私は日本に住みたい.

(平成22922日 執筆)