鉄や銅のような資源も、石油も無限にある。縮こまらなくてもよい!
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超・楽観論の最初に「資源は無限にある」と書いた.そこで、もともと「資源の寿命」というのはデータがあるわけでもないし、計算されてもいないと書いた.
資源寿命は、「資源会社の社長が「何年先ぐらいまで、商売の種が無くならないようにしたい」という、もっぱら商売上の数字」であることを示したのだが、何しろ、長い間、「資源は枯渇する」と言われ続けてきたので、そう言われても、容易には頭をかえることはできない。
「地下の資源は有限だ.そして人間は毎年、資源を使う.だから枯渇する」という論理は哲学(中途半端な哲学)であって、科学ではない。100年ぐらいの寿命をもつ人間にとって、資源寿命が100年か、1万年かでまったくその意味が違う.
100年なら「資源には寿命がある」と言えるが、1万年なら「資源の寿命は考えなくても良い」ということだ。180度、考え方を変えなければならないから、「資源は有限だから、寿命は必ずある」という議論はあまりに雑すぎて学問にはならない。
鉄、アルミ、銅、亜鉛などの主要な金属資源には、かつてまだ一度も寿命が計算されたことがなく、商売上の寿命は時代とともに増えているので、今のところ、資源寿命は無限大になる。
とにかく、ここで強調したいのは、「未だかつて、銅や鉄などの主な資源がどのぐらいあるか、一回も数字がでていない」ということだ。出ている数字は「金利を払える限度年限」だからである。
「資源はそのうち、無くなる」と言いたい気持ちは分かる。でも、専門家は「言いたいから何でも言える」ということではない。
そこで、今回は「石油系資源」について考えてみたい。
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「石油系資源」というのは、アラビアンライト系の現在の石油、石炭、天然ガス、オイルサンド、オイルシェール、シェールガス、メタンハイドレード、そして、おそらくはメタンハイドレードと海底のシリカ(土(つち))の間にある還元炭素などをさしている。
つまり、地球ができたときの大気はCO2だったが、その後、生物の働きで炭素(C)と酸素(O2)に分かれた。
酸素の方は海に融けていた鉄(二価)を酸化してFe2O3となって鉄鋼床を作り出した。他の酸化反応も進んで、全ての酸化が終わって残った酸素が空気中にあって、それが今の21%ある空気中の酸素である.
だから、どんなに少なく見ても、空気中の酸素の「相手になっていた炭素」は地殻、それも地表に近いところにあるはずだ。
地球は、鉄(比重7.8)、土(比重2.2)、水(比重1.0)、そして大気でできている.だから、炭素(普通は比重1.2ぐらい)は地殻と地表の間にあるはずなのだ。
つまり、地球は割合単純で、重たい順番に中心から外側にある。重たい物は沈む.
そこで炭素だが、比重が1.2ぐらいと思われるから、土の少しした、または海底にあるだろう.でも、まだ見つかっていない.
この考え方で、石油系資源を計算してみると、あと「500万年」になる。すこしデータがハッキリしないので、500万年というより100万年以上と言った方が良いだろうが、それでも無限大のようなもので、もはや資源寿命とは言えない.
私は思う。
人によって研究の結果、「石油はあと100年しか持たない」という結論に達し、それを社会に発表することは自由である.しかし、専門家なら「空気中の酸素に相当する炭素はない」か「掘ることができない」ということが分かっていないといけないだろう.
「資源は無くなるはずだ」とか、「テレビで資源が無くなると言っていた」という根拠だけで、専門家が口にすべきことではない.
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人間の脳には限界がある。人間の大脳皮質には欠点があり、「今、知っていることだけしか将来とも知ることができない」という傲慢な判断をしてしまう傾向にある.
人間の歴史が始まって依頼、人間は「新しい知識」を積み重ねてきた。今、石油が見つからないといっても、すでに空気中の酸素は測定できるのだし、地球が誕生したときの大気がCO2であることは分かっているのだから、せめて当量計算してからにして欲しい。
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石油系の資源は無限にある。それもよく調べないで、ただ悲観して「資源は枯渇する」と言うのは宗教のようなものと思われる.
(平成22年9月16日 執筆)