気温が30℃を超えると「暑い」。でも、30℃のお風呂は冷たい。お風呂は40℃を超えないと快適ではない。

なんで、そんなに違うのだろうか?

冬のマラソンでも奇妙な風景が目に入る。気温0℃のなか、道ばたに見に来た人たちは厚手のコーを来て寒さに震えている。

その横をマラソン選手が、ランニング一枚の姿で汗をかきながら通る。

どう見ても奇妙だ。

なぜ「暑い」のだろうか? なぜ人間は「暑い」と感じるのだろうか? なにかの理由があって人間は「暑い」と感じるのだ。

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「人間」という物体を「熱機関」として考える。熱機関というのはたとえば「自動車」がその典型的なものだが、「自分の中の熱を外に捨てて活動するもの」のことだ。

人間も熱機関の一つで、体内で食べたものを肺から取り入れた酸素で「燃やして」、熱をだし、それを体の外に捨てて活動している。

体温は37℃。このぐらいにしておけば普通は外気の温度が低いので、体外に熱を捨てることができる。

簡単に言うと、次のようになる。

{人間の活動量}={体内で何かを燃やして、体外に捨てる熱量}

ということだ。ご飯を食べないと活動できないのはこの理由で、酸素が不足してくると窒息して死んでしまうのも同じ理由だ。

常に、{体内でご飯を燃やし}、{その熱を外に捨てる}ということで人間は生きていける。

ところが、外の空気が37℃になると、体の熱を外に捨てることができなくなる。ということは、一歩も歩けないばかりか、理論的には呼吸もできない。

でも、体の方はすぐ死ぬわけには行かないから、外よりちょっと、体温を上げてなんとか過ごすが、それもできなくなるとドンドン体温が上がってしまう。

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実際には、多くの人が体験するように30℃ぐらいになると「暑い」。 「暑い」と感じるのは実は「体の外に熱を自由に捨てられない」ということなのだ。

人間はなにもしなくても呼吸などはしているので、その「基礎代謝」があり、じっと寝ていても「ご飯と酸素」を反応させる。だから、30℃ぐらいになると寝ていても「寝苦しい」。寝苦しいから動くとさらに寝苦しい。

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学バスにのってJRの駅から多くの学生と一緒に大学の正門に着くと、そこから坂が続く。

今日は気温が35℃もあるのに、学生は急ぎ足で坂を上っていく。冬の寒い時と同じペースである。

「ははあ、学生は熱力学(熱機関は熱を外に捨てることによって活動する)というのを勉強していないな。こんなに暑いのだからゆっくり動かないといけないのに」

とわたしは学生に追い抜かれながらゆっくりと坂を上っていく。

つまり、自分が「暑い」と感じたら、あまり活動はしないことだ。「暑い」というのは「あまり活動するな」というシグナルだからだ。

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中学の時に「気温が30℃を超えたら授業は休み」という数学の先生がおられた。熱力学を知らなかった私は、変な先生だなと思ったが、今考えてみると実に理にかなっている。

その数学の先生は「30℃を超えると熱を外に捨てられないから、頭を使わない」と教えておられたのだ。頭脳は25ワットの熱機関である。

「暑い」と感じたら頭もあまり使わないようにしないと、熱を捨てることができない。

冷房の効いた部屋に入ると、生き返るようになり、元気がもどる。「気持ちよい風が来ますね」というのも同じだ。冷房の効いた部屋では「温度差」で熱を捨てられるし、風では「蒸発潜熱」で捨てる。

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CO2を減らすなどと間違った政策を続けている内に、日本列島は暑さで苦しむようになった。

政府や自治体はあてにならないから、自分の体は自分で守ろう。

まず熱中症だが、「水を取れ」と言われる。「水を取れ」とテレビで言っていたから水を取ったというだけではなく、少し頭を働かせてみる。

熱中症というのは、熱機関としての人間の体が外に熱を捨てられなくなり、体温が上がることだから、

1)   冷たい水をのんで体内で熱を捨てる、

2)   水が皮膚から蒸発するときの熱を使う、

の2つが役に立つ。

冷たい水を飲むと、体の中に入った水を37℃まであげるために体内の熱を奪うので少しは助かる。でも冷たい水をあまり一度に飲むとおなかを壊したりするから、せいぜい「冷たい水を少しずつ補給する」ということになる。

水を補給しただけでは、ダメで、エアコンがなければ「扇風機」か「風通しの良い場所」にいて、体の表面から水分を蒸発させることだ。

テレビで「水を取っても湿度が高いと熱中症は防げない」と説明していたが、もう少し丁寧に原理原則を言った方が応用が利くだろう。つまり、体内に水があっても皮膚の表面から蒸発するようなことがないと体の熱を捨てることができないから、空気が乾燥していることが必要ということだ。

次に、30℃以上のところに長い時間、いないことと、30℃を超える時には、できるだけ活動しないということも大切だろう。

また、冷たい水で体を冷やすのは特に効果的だ。つまり、どんな方法でも良いので冷たいタオル、暑くないシャワーなどで定期的に体を冷やせば、熱を捨てることができる。

ところで、今日は久しぶりにテレビが正しいことを言っていた。

「熱中症を防ぐ第一の方法は28℃以下のエアコンの効いた部屋にいること」

もちろん、当然のことだが、今まで「温暖化対策」というので冷房温度を28℃以上にしろと役所が指導していたので、役所にすっかり弱くなったテレビは「水を飲め」と言っていた。

若い人に熱中症が少ない理由は、一つに体力があることだが、若い人はエアコンの部屋にいて、エアコンをつけて寝る。だから体力も消耗しないし、もちろん熱中症になるはずもない。

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ところで、京都議定書から13年、あれほど「温暖化する」と言っていた人たちが、「CO2を減らす」という当面、気温にはまったく意味の無いことを国民にやらせてきた。

今でも「自分でできるこまめなこと」とか「熱中症に気をつけましょう」などと言っているが、問題はこの13年間、暑くなったときの対策を政府や自治体がやってきたかということだ。

たとえば、河川の改修、海水を河川の一部に流すこと、街路樹を植えること、透水性の路面にすること、ビルの規制をすること・・・など政策として進めることは多い。

CO2はアメリカと中国が動かない限りどうにもならないし、即効性もない。

今回の猛暑は「温暖化」と直接的には関係がないと思うが、それでも「気温が上がるのが怖い」と言っていた人は、何もせずに国民が熱中症で苦しむのを待っていたのだろうか?

(平成22722日 執筆)