原子力発電は放射線や廃棄物の問題があり、「1000年後まで禍根を残す」と言われ、原子力発電に反対の人が多かった。

特に、学者や識者と呼ばれる人で原子力に強く反対した方も多く見られた。その理由には、「原子力は、そもそも人間のやるべきことではない」という根本的な思想も含まれていた。

ところが、CO2による温暖化の問題が起き、政府が今までにない大規模な原子力推進計画を発表しても、反対の人たちはどこに行ってしまったのかというぐらい静かだ。

また原子力反対の立場をとっていた大新聞なども沈黙を守っている。

まるで「温暖化を回避できるから、原子力は安全になった」という奇妙な論理に転換したようだ。

原子力を認めた理由は、温暖化が怖い(私はそうではないと思う)、CO2が原因している(ちがうと思う)、原子力はCO2がでない(絶対、間違っている)の3つだ。

でも原子力施設は膨大なコンクリートなどを必要とするし、廃棄物処理もCO2がでる。

私は原子力推進の立場なので、今まで「原子力は技術的不安はなく、人災を克服すれば原子力は安全になる」と反対の人に説明していたのは、あの努力はなんだったんだ! あのとき、あれほど反対していた人がどうしたのだ! と気が抜けてしまう。

・・・・・・・・・別の話・・・・・・・・・

サッカーのワールドカップの人気が沸騰し、深夜にテレビを見ていた人の70%がサッカーを見ていたというぐらい加熱した。

国の名誉を背負って遠い異国のスタジアムの登場し、国歌を斉唱し、最後のキック戦では日本選手はひざまずいて神に祈っていた。

それを見て、多くの日本人が感激し、反日感情渦巻く中国のサッカーファンにも感動を与えたようだ。

日教組はどうしたのだ!

国旗、国歌を排除し、その教育を受けた今の青年の中には正しく国歌を斉唱できない人もいる。

日本人が共通にもっている神道についても、徹底的に排除してきた。でも、異国で若い者が戦うとき、何が頼りになるのか、それを考えたことは無いのだろうか?

日教組は大キャンペーンを打って「サッカーのワールドカップのように、「国」を尊敬するようなスポーツを放送するのは反対だ」と叫ばなければならない。

先生方は、「ひざまずいて神に祈るのは靖国神社を正当化することになる。ひざまずいた選手は除名だ」と訴えなければならない。

日教組は日本の宝である子供たちを「信念」をもって国旗、国歌を排除することを教えてきたのだ。まさか子供たちを自分たちの運動の出汁に使ったのではないだろう。

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原子力発電にしても、国旗・国歌にしても複雑な問題であることは分かる。でも、そこには「熟慮した大人の態度」が必要ではないか?

この前のシンポジウムで私は、「「温暖化の脅威」と言いますが、温暖化が「恩恵」なのか、「脅威」なのかを最初に考えないと、大人ではない」と言わせてもらった。

自分が他人に説得をするときに、自分自身が、それを真剣に、総括的に、歴史的倫理的に、よくよく考えたのか、それが大切だと思う。

・・・私が嫌いな論理・・・

温暖化するから原子力が安全になる、

サッカーがベスト16になったから国歌・国旗は良い、

日本にいたら神社に行ってはいけないが、異国なら祈っても良い、

戦争に負けたから日本は悪く、勝ったからアメリカは正しい、

平和だから戦争に反対だが、戦争になったら戦争は賛成だ、

ドイツがリサイクルをしているからリサイクルは良いことだ、

デンマークが風力発電をしているから日本もやるべきだ、

ヨーロッパの消費税が10%以上だから日本も消費税を上げるべきだ、

(平成2274日 執筆)