年をとると「物忘れ」する。そんなとき、「俺も歳をとったな!」と慨嘆するものだ。

ところで、人間はなぜ物忘れをするのだろうか?本当に歳をとると物忘れがひどくなるのだろうか?

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まず、基本を少し押さえておきたい。

物忘れするのは、単純な加齢(歳をとる)によるものと、アルツハイマー、認知症などの、いわば病気が原因する場合がある。

もちろん、病気がひどくなると「物忘れ」というような軽い症状ではなくなり、もっと深刻な症状になるが、初期症状としてのもの忘れもある。

脳細胞と脳の記憶の研究は、最近、注目されているので、歴史が浅いように思われるが、脳研究の最初のノーベル賞は1906年だから、ちょうど100年ぐらいになる。

これまでの研究によると脳細胞の数は膨大(約1000億個)だが、現実に使用しているのは10%といわれ、残りはグリヤ細胞などだが、予備軍とされる。

脳の単純な記憶機能は20歳ぐらいが最大で、それから徐々に低下するが、ある年齢で急に悪くなる訳ではない。

また、人間の脳は、体の他の部分と違って「外側に骨がある(体の他の部分は中央に骨があり、それが支えるので、太ることができるが、頭脳は外側には太ることができない)」という「昆虫型の骨格」で、人間の体の中では「栄養ととって太ろうと思っても、脳だけは大きくすることができない特別なところ」である。

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「物忘れ」するようになるのは、普通は歳をとってからだが、そうなってから「肉を避けて、野菜を多くとり、少しのお酒が良い」などと言われても、このような「栄養の効果」は若い内からの蓄積だから、即効性はない。

お酒もがぶ飲みしていると脳細胞が欠落すると言われているが、これも過去のことなので取り返すことはできないし、お酒好きな人では簡単にお酒を止めることもできない。

そこで、「物忘れの傾向と対策」という点では、物忘れする年齢になってから反省しても、効果があるということでないと対策にならない。

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そこで、マウスを使った実験をまずは参考にしてみよう。

マウスが物忘れをするかどうか、簡単なテストゲームがあって、マウスの頭が呆けたり、忘れたりするとゲームができなくなる。それを見てマウスの頭が呆けてきたかどうかを調べる。

そうしてみると、まず、マウスが呆ける(ぼける)のは、第一に何かの病気で脳の一部が破損しているとき、第二に「つまらない生活」とか「閉じこもった動き」をさせたときであることがまず分かっている。

たとえば、マウスを飼育するオリを広くして、仲間もいて、遊ぶ場所も作っておくと、マウスはとても元気で、テストゲームを間違えることはない。

それと正反対で、あまり運動もできないような狭いオリに入れて、仲間もなし、遊び場もないというような状態にしておくと、だんだん、元気がなくなり、テストゲームを間違えるようになる。

つまり、繰り返しになるけれど、物忘れが起こる原因としては、

1)   脳細胞自体が一部、破壊される。

2)   つまらない生活をしている。

ということになる。

動物はなぜ、「物を覚えて、それを忘れないか」というと、「身を守るため、将来の備えるため」だから、毎日が刺激のない生活、希望のない生活になると「覚えるというエネルギーを使う必要がない」ので、忘れる。

それでは「つまらない」というのは、何が「つまらない」のだろうか? 面白いとかつまらないというのは人によって違う。

動物だったら、つまらない生活とは子孫を残せない生活だ。だから、「子供を産み終わる」、もしくは「子供が独り立ちする」ということが終わると死ぬ。

つまり動物は「自分が生き、子孫ができれば終わり」なのだ。

ところが人間だけが頭脳が発達して、子孫ができても終わらない。そこに物忘れが生じる。つまり、脳は20歳がピークで、それから徐々にダメになっていくのだから、40歳ぐらいでも相当、ダメージを受けている。

でも、40歳の時にはまだ、夢、希望、異性、生活、関係先・・・がいっぱいある。つまり「脳は生きる必要を感じているので、忘れない」のだ。

それでは60歳はどうか、70歳はどうか? 夢、希望、異性はないのか?確かに、年金生活になり、たとえ孫がいても自分の希望ではない。異性といっても長年の連れ合いでは異性といえるか微妙だ。

つまり、60歳、70歳は、単に「生物学的」に言えば、子供ができた後なので、「こうしたい」という「到達点のない人生」になる。

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ここで、画期的なことに気がつく。

「人間が物忘れするというのは、生殖時期が終わっても生き残る唯一の動物だから」

ということになる。しかも人間は頭脳活動が盛んだから、その機能が下がるのは仕方がない。

でも、私は、全く別の解決策があると考えている。

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「人間」という初めて頭脳が生活を支配する動物は、それなりの生き方があると思っている。それは「到達点を持たない」ということだ。

人生は若いときにも「目標」というのがない「到達点のないもの」なのだ。わかりにくいと思うし、反論もあると思う。でも、

明日は分からない。夢があるからそれが達成されるわけではない。希望が叶った生活は人に満足を与えない。

つまり、人という頭脳をもつ生物は「今日一日だけ」の人生が積み重なっているのだ。決して目標に向かって進んでいるものではない。目標は結果として達成されることがあっても、それを目指して過ごすものではない。

毎日、日が暮れれば、その日を無事に過ごせたことに感謝し、眠りにつく。明日の朝、目が覚めれば御の字なのだ。また一日を過ごす。毎日は、繰り返しであって、決して目標への道程ではない。

それは、20歳でも30歳でも、そして60歳、70歳でも同じである。それで初めて人は運命に身をゆだねて死んでいける。

この問題はきわめて難しいので、別の機会にゆだねるとして、「物忘れとは、人間が頭脳で生きているのに、動物として生きようとしているから起こる」と考えて、物忘れしない人生を送る、それが私の健康法だ。

(平成2274日 執筆)