18世紀のフランスの宮廷では毎晩のように王様や貴族の主催する華やかなパーティーが行われていたが、そこで初対面の人を見分ける術が発展した。

ある意味で、当然かもしれない。宮廷で初めて会う人に、生まれ育ちや親兄弟、収入などを事細かに聞くのは気が引ける。でも、当時の宮廷のパーティーには氏素性がわからない山師も来ただろうから、危ない人間を知りたいという「需要」はあっただろう。

そこで、初対面の人でも、その外形、顔立ち、手の形などから生まれ育ちや性質を推定する方法が、宮廷術の一つとして発達した。

そのうち重要なものに「手の甲」で判断する方法があった。握手するとき、または、ひざまずいて相手の手に口づけをするときなど手の甲はみることができる。

日本では運勢というと「手のひら」の方をみるけれど、人間はよほど気を許さないと手のひらの方は見せない。だから初対面では「手の甲」をみる必要があるという訳だ。

さすがフランスだけあって考え方は合理的だ。

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手相、つまり手の甲を見るときの大切なポイントは「凶暴性」と「自分勝手」だったようで、この二つが感じられる場合は、その人とつきあってもろくなことはないので、あまり近づかない方が良いとされていた。

まず、「凶暴性」のポイントは指の第一関節が短く、爪が横に広いことで、このような指の特徴がある人は、それまでの経験で「凶暴性」を持つと信じられていた。

反対に、指の第一関節が長く,爪が縦長の人は繊細な神経をもち、決して凶暴な振る舞いはしないと考えられていた。

これに加えて、手に力が入っているときに薬指と小指の間隔が離れ、さらに目と目の間が拡がっている場合は自己中心的だと記録されている。

でも、なにしろ250年前のフランスの貴族社会のことなので、そのまま日本人に当てはまるとは考えられない。しかし、骨格や筋肉の付き方などはその家系の氏素性や職業につよく依存するというお考え方は、単に手のひらのしわを見るよりかその人の特徴を示す可能性が高いだろう。

一方、手に力が入っていないときに中指に薬指が寄り添っている場合は、心が穏やかで依頼心が強く、つきあっても心配が無いとされていた。

手相を見て、自分で納得できることは採用し、納得できなければ無視するというのではせっかく蓄積したフランス人の知恵を使わないことになるが、このくだり(中指と薬指)を読んだとき、思わず自分の手を見てしまった。

そして薬指が中指に寄り添っていて一安心したのだが、少し恣意的な感じがしたのも確かである。

ところで、宮廷ではなんと言っても「氏素性」だから、個人の正確より、氏素性にも関心があった。

手の甲で、全体としてしわが横にある人は肉体労働の家系、縦にしわがあるか,指が細い人は芸術,文学、軽労働の家系とみる。

筋肉に力を入れていると「握る」という状態になるので、手は「横に発達する」傾向があり、一方、楽器,筆などを持つと「縦に発達する」という傾向が長い間に家系の手の骨格として残るとされている。

この判別方法にややにていることとして、神経質の人は指の関節がややふくらんでいて、関節と関節の間が細く、逆に図太い人は,全体的にのっぺりしていたようだ。

ピアニストの手、農民の手、極悪人の手などが例として示され、刑務所などに入っている粗暴犯の手相も数多く分類されている。

このような試みが差別につながってはいけないが、個人的に自分の特徴や欠点をしり、それを修正するようになれば、また役に立つこともあるだろう。

(平成2273日 執筆)