厚生労働省は3月4日、2009年の12月に生活保護を受けている人が180万人になったと発表した。戦後間もない1956年以来のことだという。
「多いな」と思った人もいるだろう。でも、私は「少ないな」と思った。
実は、3,4年前から、生活保護を受ける人が急増している。
たとえば、エコポイントで冷蔵庫を買った人、補助金で自動車を手に入れた人はすべて生活保護を受けた人だ((注)ここで言う生活保護とは法律に基づく生活保護ではなく、政府の税金(人のお金)をもらって自分の生活に使う人のことで、実質的な生活保護を言う)。
どんなに考えても、今、冷蔵庫があるのに新しい冷蔵庫を買うときに「税金で援助」される必要は無い。明らかな「生活保護」だ。
自動車ももちろんそうで、自分で使う自動車を買うのに税金(補助金)をもらうのだから、これも生活保護に決まっている。税金というのは「お隣さんが働いて、やっと納めたお金」なのに、それを自分が使う自動車を買うのにもらって恥ずかしくない!
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最近ではさらにそれが拡がって、「子育て資金」とか「高等学校無料化」とか言っている。ついでに「後期高齢者すべて無料」とか「国民全部、無料」と言うのをやったらどうか。
そのお金はこれまでの恩返しに鳩山さんのお母さんが払ってくれるだろう。
子育てといえば、生物のもっとも重要な仕事で、人間が働く第一の理由は、子育てであり、そのお金をもらうというのは不合理だ。
義務教育は中学校までで、後は自分の意志で選択する。自分の意志で選択するものなのに、税金をもらうのは乞食だ。高等学校にほとんどの人が入るなら、高等学校を「義務」にしなければならない。
これはとても大切なことで、「自由な魂」を守るためには、「自分が選択できるものは自分のお金でやる」という原理原則をはずしてはいけない。きわめて危ない。
このことをもう一度、繰り返すと、私たち大人には「選択の自由」がある。それは「最低のことは法律で決めても良いけれど、その他のことは自分で決める」ということだ。
自分で決められること、そのことが「人類がこれまで多くの血を流して獲得したこと」であり、私が考えるところでは、人間のもっとも大切なことの一つだ。
子供を持つかどうか、結婚するかどうか、学校に進むかどうか、多くのことを自分で決める。そして、選んだことに対しては原則として社会のお世話にならないで、自分のやれる範囲で生活をする。
何が正しいかではなく、自分が選べることが正しいのだ。
生活が貧しくても、辛くても、決して心は貧弱にならない。ならないどころか、自分が自分の力で生活をするのだから、それが誇りである。
その反対に、お金に余裕があるのに、他人様のお金を恵んでもらう。そんな惨めなことはない。エコポイント、補助金などは他人のお金をもらい続けている人の発想だ。
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健康で働けるときに、他人のお金をもらってはいけない。国民は親からお金をもらったら「申告(自分から)」して翌年には税金を納めなければならない(首相)。政治家は政治資金規正法の網の目を潜って「法に触れない」わけではなく、法の精神を守るのだ(幹事長)。
上がそうだから下も子育て資金をもらってもよいという理屈はない。「日本人の誠」という点で、今や首相や幹事長は「下」であり、我々が「上」になったのだから。
(平成22年3月4日 執筆)