「俺は,運が悪いな-」

と嘆いている人がいると,

「まあ,そんなこと無いよ.もし50年も早く生まれてたら,君かボクのどちらかは,南の島で鉄砲にあたって死んでいるだろうね.まあ,良い方だと思うよ」

と言う。

人間は誰でもその時代の子である。小さなことに気を取られて,幸福とか不幸とか言っているけれど,そんなことは小さい.

課長は部長になれないと言って文句を言っているが,平社員から言えば,課長で十分だ.

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ところで,1642年,ガリレオ・ガリレイがこの世を去ったときに,近代科学の体系を作ったニュートンが生まれた.二人とも「時代の子」である.

ガリレオ・ガリレイは始めて望遠鏡を作り,土星などの惑星を観測し,その運動から「地球は回っている」という結果を出した.

でも,少し早かった。先頭を切って社会を走る人は,向かい風も強い。

彼はおおくの人から尊敬されていたが,それでも当時としてはあまりの衝撃だったから,裁判にかけられて,天動説を唱えることを強制された時,

「それでも地球は回っている」

とつぶやいたとされている.

権力に屈せず,自分の学問の結果を信じて頑張るガリレオ.若い頃の私はこの言葉に感激したものだ.

clip_image002異端審問会で憔悴するガリレオ

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でも,今は違う。長く科学の研究をして,自分自身が体験し,そして多くの事例を知るに至り,このガリレオの言葉のなかに傲慢さを感じる。

「私は,地球が回っていると思う」

というのが正しいのではないか?

人間の知恵はそのほとんどが間違っている。100年も経てばどれほど立派な行動も,その意味を失う。それは人間の頭脳に欠陥があるからだろうと私は思う。

だから,ガリレオは,「地球が回っている」と断定的に言うのではなく,「回っていると私は思う」と言うのがせいぜいだ.

このガリレオの裁判から100年も経たないのに,ニュートンの時代には,地球が太陽の周りを回っているのは当然のことになり,ニュートンは力学の大系を作って名誉を得る.

人間は時代の子である.

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でも,つけ足しておきたい。

「真実」としてはガリレオは言い過ぎだ.でも,一人の人間に取ってはそれでもガリレオの呟きは正しい.

頭脳に欠陥のある人間は,一歩一歩,少しずつ正しい結論に到達するしか,道はないから,まずは「地球が回っている」ことにしないと先に進めない.

(平成211012()