発明というのは,その発明がなされた後でも,その発明が社会に与える影響を正確に把握することが難しい.そんな例を一つ,示したい.

第二次世界大戦,つまりアメリカ,英国などの連合軍が,ドイツと日本を相手に戦った大戦だが,ヨーロッパ戦線は最初,ドイツが優勢で,簡単に言えば,ヨーロッパ大陸の西の島国,イギリスと,東の大国,ソ連を除けばヨーロッパは全部,ドイツにしてやられたといっても良い状態だった.

最終的には連合軍がフランスのノルマンディーに強行上陸して,ドイツが敗れるのだが,それまではヨーロッパの主戦場は,ソ連との東部戦線と,アフリカ北部戦線だった.

アフリカ北部はエジプトやリビアなど砂漠地帯が多く,そこで「砂漠のキツネ」とあだ名されたドイツの名称ロンメル将軍と連合軍が戦ったのだ.

何せ砂漠で戦車を動かし,的を狙うのだからなかなか難しい.戦車に装備されている大砲を撃つとその反動で,砂の上の戦車自体がグラッと来て,弾丸は相手に命中しない.ちょうど,ゴルフの時にバンカーから打つときには,砂にスパイクを埋めて足場を固めるのと同じで,ぐらつくと球にヒットするのは難しい.

でも,ゴルフのバンカーならゆっくり足場を固めてクラブを振ることができるけれど,砂漠の実戦では戦車がゆっくり足場を固めるわけにはいかない.そこで,大砲を撃ったときの反動をあらかじめ計算して,その分だけ狙いを外して撃つ方法が研究された.

アメリカ軍はニューヨークのビルの中に大勢の女性を雇い,当時の最新鋭手回し計算機を並べ,もの凄い量の計算をして,戦車の位置決めをしようとした.第二次世界大戦では,戦闘機や機関銃など科学が戦争の勝敗を決めるようになっていたが,まだ,コンピューターが誕生していなかったので,戦争に計算はあまりされなかった.

ところで女性の手回しの計算の成果がどのぐらいだったかは軍事秘密でもあり,あまりハッキリしていないが,いずれにしても戦争中に「計算の大切さ」が徐々に認識されていた.

それが当時のコンピューター研究にも弾みをつけた.現在のコンピューターの基礎を作ったフォン・ノイマンが始めてコンピューターというものを発表したのは,第二次世界大戦が終わった1945年だった.

現在では,コンピューターが無ければ一日も過ごせないと言うぐらい,パソコンは勿論,電車に乗るとき自動的にコンピュータがゲートを通過させてくれるし(自動改札),銀行に行ってもコンピューターでお金の出し入れができる.自動車,新幹線,ジャンボジェット機,そして果てはトイレまで,すっかり小さなコンピューターでコントロールするようになった.

このコンピューターの重要性に始めて気がついて,会社を設立した巨大コンピューター会社IBMの初代会長ワトソンは,ある時,

「コンピュータの市場は世界的に見てたぶん5台ぐらいだろう」

と言っている.

IBM360,IBM370という戦後の代表的なIBMのコンピューターの名前を聞くと,数値計算や財務計算をした人は誰もが懐かしく思い出すほど,世界的にもIBMがコンピュータ市場を独占していた.

その基礎を作ったワトソン会長ですら,この新しい発明がどのぐらい社会に影響をあたえるかは分からず,世界全部で5台などと言っているのである.ワトソン会長の不明を批判しても意味が無い.

彼はIBMという先進的企業を巨大にした人だから,人一倍,差異を見る目がある.その人でも未来は見えないと理解することが大切である.

予想は当たらない.当たらないのは当たり前であることが分かった.

だから,世界中が恐慌に陥った石油ショックの時のMITのメドウスの予言はすでにはずれているのも当然である。でも,それでメドウスを非難することはできない.彼は,その報告の冒頭で,用意周到に次のように断りを入れているのだから.

If the present growth trends in world population, industrialization, pollution, food production, and resource depletion continue unchanged,(もし,世界の人口,工業,汚染,食糧生産,資源の枯渇が変化せずに経済発展が続いたら)」

つまりメドウスは,計算の根拠になった1960年代の世界の工業や工学技術,食糧生産システムが「ズッと続くなら」という仮定をおいている.そしておそらくメドウスは優秀だったので,将来,自分の予測がはずれることを予見していたのだろう。

この仮定があるのに,それを無視したのが,日本のマスメディアであったし,それを知っていて指摘しなかったのは,これも日本の当時の専門家だった.

「危機をあおるのは金になる」というのは本当だ.

大した根拠がなくても未来を暗く描けば,おおくの人は怖がる.だからニュースも見るし,本も売れる.筆者も10年ほど前,まだ学術誌しか投稿せず,一般向けの本を書いていない頃,出版社から「思い切って暗く書いて下さい」と勧められた。経験ないうぶな学者だから,忠告をしてくれたのだ.

だから,環境問題というと,ゴミがあふれる,ダイオキシンは猛毒だ,環境ホルモンでオスがメスになり,そして温暖化で地球が地獄になると言うと,みんなが注目し本が売れる.

筆者のように,ゴミはあふれない,ダイオキシンは無害だ,温暖化は日本には被害が生じない等というと,そんなものは聞かなくても良いから,多くの人は興味を示さない.そうなると本が売れないので,出版社がつぶれる.元も子もないのだ.

でも,事実を伝えるのは最も大切なことだし,まして民主主義では市民が事実を知るのが大切である.報道機関だけが事実を知っていて,国民には危ないところだけ知らせるというのは「知らしむべからず,よらしむべし」という社会のことだ.

(平成21年10月9日(金))