先回,これまでの人口予測がなかなか当たらなかったことを書いたが,それは「人間の思考の特徴」によっている.今回は第一回で,第二回目にメドウスなど最近の予測の傾向について考えてみたいと思う。

人間は,毎日のように「何が正しいか」を考えながら生きている。そして,正しいと思うことを信じて行動する.

たとえば,朝5時30分頃には日が昇る,今日は雨になるかも知れないが洪水にはならないだろう,傘を持っていこう,道路は舗装してあるので革靴で大丈夫だ,

午前中から電話が多いだろうから,朝方,少し早く仕事を片付けておこう,夕方は雨で混むだろうから,今日は飲みに行くのは止めだ・・・天候のこと,会社のこと,通勤のこと・・・意識するかどうかは別にして,その日の朝,考えてもっとも正しいと思うことを予想して行動する.

それは,日常的なことでも,子供の学校でも,株を買うときでも,なんでも「今,考えてもっとも正しいと思うことをする」というクセが付いている。

「クセ」と言っても,人間は正しいと思うことしかできないのだから,当然のように思うけれど,これが落とし穴なのである.この錯覚を「株の売り買い」で説明すると良く分かる.

株を買うときに,「下がっている株(毎日,値段が下がっている株)」を買うことができる人は少ない.その株には一定の傾向があり,ある期間は値下がりしても,かならず次の期間は値上がりするということが分かっていても,値段が下がっている最中に,その株買うのはなかなかできないことだ.

いちばん,株を買いやすいタイミングは,下がっていた株が底を打って上がってきたときだ.「上がった」のが一週間ぐらい続くと,「どうも,底値から値上がりに転じたから買おう」ということになる.

でも,このような株の買い方は間違っている。

どんな株でも値段は上がったり下がったりするし,株の値上がりを期待して買うなら,「現在」と「株を売りたいと思っている将来の時期」を比較して,買う時期と値段を決定しなければならない.「底値から少し上がってきた」というのは,やはり「現在の状態」から判断しているので,すでにそこで予想を間違えるのである。

先ほど,毎日,朝起きてからの細々としたことを書いたが,実は人間はほとんどのことを「その日にどうしなければならないか」を考えている.特に,家庭を預かる主婦は,その日の子供の様子,その日の家族の食べるおかず・・・などに頭を悩ましながら一日を過ごす。到底,10年後などに頭を使う余裕はない.

そんなときに,「この株を買うとお得ですよ.こんなに上がっているし,明日も必ず上がります」などと言われると,「現在の状態を基準にして生活をしてる」ので,すぐだまされてしまう。

主婦はすぐだまされる。でも,これは女性の特長なのか,毎日,考えていることによるのか,なかなか難しい問題だ.

私は,これは性別には関係なく,毎日のことを考えていると将来が見えなくなると思う.主婦ばかりではなく,ほとんどの人は毎日のこと,そして明日か明後日までのことを考えている。だから,どうしても「保守主義」になる.

そんな人が将来予測をしようとすると,「現在の状態が続いたらどうなるか」と考える.人間にとって「現在の状態」は「正しい」ので,その正しい状態が続くと錯覚してしまうのだ.

グールドもそうだった.未来の世界人口を計算するのだから,考えに考え,「将来はどうなるだろう」と英知を集めたのは間違いない.それでも,将来は見えなかった.

世界人口を予測するのには,膨大なことを考えなければならないが,ここでは「なぜ,こんなに大きく間違ったのか」ということを,もっとも大きな違いだけ取りあげて解説をしておきたい.

“DDT”という殺虫剤がある.

これほど数奇の運命をたどった化学薬品というのは無いのではないかと思うほどだが,1935年にミュラーが発見したときには,「人間が発見したもののうち,最大の貢献をしたもの」とされ,1948年には栄光の内にノーベル賞を受賞した.

ところが1963年にレイチェル・カーソンが殺虫剤の大量使用によって環境が破壊されると告発した(「沈黙の春」の出版)ことによって,大逆転され,今度は「白い悪魔の粉」と呼ばれるようになり,DDTは全面製造禁止,使用禁止になった.

「人類のもっとも大切な殺虫剤」から「悪魔の粉」になったDDTとは,どういうものだったのだろうか?

DDTが発明される前の殺虫剤は,「虫を殺すのに,人間と虫の体重差を利用する」という方法だった.人間は40キログラムから100キログラムぐらいの体重だが,虫は10グラムぐらいだ.そして普通の毒物というのは体重に比例するので,10グラムの虫と50キログラムの人間とでは,同じ毒性を発揮するのに5000倍も違う。だから,その差を利用して昆虫には致命的な量を使用する.

つまり,殺虫剤は人間にも危険だけれど,注意して最小限,使うようにするという考え方だった.ところがミュラーが心血を注いで発見したのは,昆虫(節足動物)の体にはあって,人間(哺乳動物)にはない器官を攻撃するというものだった.

人間と害虫は,戦い続けてきた.

人間から言って害虫とは,あるいは田畑を荒らすものであり,あるいは細菌の伝染を媒介して人間が病気に罹ることだった.時には,害虫のために餓死したり,病死したりしたのだから,まさに人間と害虫とは長い戦争をしてきたのである.

ミュラーのDDTの出現で,歴史始まって以来,害虫との戦争で,人間が科学の力によって最終的に勝利を収めたと信じられたのだった.DDTはその後,追放されたが,この発見がキッカケとなって優れた殺虫剤が多く世に出ることとなり,農業生産は安定し,収穫量も増えた.

グールドが世界の人口を予測するために議論し,計算をしていた頃,同時にミュラーは新しい殺虫剤の研究の最終段階にあったが,それはグールドらが知らないことだった.

なぜ,ミュラーがノーベル賞をもらったかというと,「人間にはなく,昆虫にだけ有る体の器官を攻撃する」というような巧みな殺虫剤の概念は初めてだったからである.

もし,神様の後知恵で,50年後までのノーベル賞をあらかじめ全部知っていたら,おおくの人がノーベル賞を取ることができるだろう。

つまり,人間の頭脳は「今,正しいと思うこと」しか考慮に入れることができないから,DDTが発見される前には,DDTによって農業生産力が飛躍的に上がるとは考えることが絶対にできないのである.

(平成21年9月30日(水))