前回,終末思想の政策化について,主として,3人の女流科学者や小説家の言動を中心に解説してきたが,それら3人に共通することを述べる前に,現代の類似の現象と環境ホルモン事件のことについて,補っておきたい.

現在問題になっている地球温暖化や異常気象についてもシーア・コルボーンの誤った仮説の取り扱いと,同様な錯誤が見られる.世界では常にある程度の「異常な」気象が起こっているので,それをつぶさに調べて,確たる理由無く温暖化と結びつけることによって,「温暖化に原因した異常気象が進んでいる」ということを,あたかも証明されたような錯覚に落とし入れるという手法である.

そのうちでも,一般の人の知識がないことを見込んで,科学的には児戯に類する錯覚を呼ぶ例もある.たとえば,2009年に起こった「豪雨災害」では,日本の多くのマスメディアが,「地球温暖化の結果,日本でも異常な豪雨が見られるようになった」と報道した.しかし,2009年よりはるかに気温が低く,近い将来寒冷化すると考えられていた50年ほど前頃から,梅雨明けの時期には北九州から中国地方の西部にかけて豪雨が定期的に発生していた.1952年の諫早豪雨,1982年の長崎豪雨がそれであり,そのほかにも2009年の豪雨程度の規模の雨は頻繁に繰り返されている。

2009年のマスメディアの報道では「一日で100ミリの雨が降った.これは観測史上最高」という解説が繰り返されたが,すでに長崎豪雨などでは,1時間に180ミリを超える豪雨が観測されており,さらに一日の雨量では2009年の豪雨は,豪雨の中では雨量の少ない方だった.つまり「史上最高」という報道は狭い地域(特定の町村)などにおける記録を指したものであり,日本,もしくは梅雨明けに豪雨の見られる北九州から中国地方の記録ではない.つまり,たとえば「一軒の家ごとの記録」とすると,少し雨が降る場所が異なれば,そのたびごとに豪雨の記録が塗り替えられることになる.

記憶に新しいこの事件は,きわめて単純なトリックであるにもかかわらず,多くの日本人が「やはり異常気象は起こっているのだ.史上最高というのだから,温暖化が原因しているのだろう」と考えた.事実,テレビでもいわゆる「環境の専門家」が「ほら見たことはないでしょう.一刻も速く温暖化の対策を取らないと」と言っていた.テレビ局は,「1時間に100ミリという雨量は,特定の地域の記録であり,北九州地域ぐらいの広いところでは記録でも何でもない」ということを知っていたと思われるが,解説者の言葉を否定せずに,そのまま報道した.

このように,多くの経験を積んだ後でもまだ,同じようなことが起こっている。ところで,環境ホルモンの話に戻ると,シーア・コルボーンの言動や著述にはもう一つのトリックがあった.それは「測定できないほど微量の人工的な物質が生体に性的作用を及ぼす」というものである.

この概念はもともと科学とは関係が無い.「測定できない」というのであるから,その物質を現在の最先端の科学で特定できないことを示していて,論理的に「環境を破壊する物質」は想像で決めるしか方法が無くなり,それではどんなに優れた科学者でも証明することができない.すなわち単なる恐れであって,「科学」ではない.個人が想像することは全く自由であり,時には,いわれの無き恐れが社会に蔓延することもある。しかし,それをあたかも科学的に認められた如くに表現するのは不適切である.

また,「環境ホルモン」という用語自体が科学の用語ではなく,日本のマスメディアの記者が作り上げたものであり,これも終末思想と関係しているとも考えられる.つまり,環境ホルモンが人間や生物の性的機能に関係し,子孫が誕生しなくなるという恐怖を呼び,人口の減少によってやがて人類は死滅するという恐れを端的に示しているからである.もともと,自然界に生息している多くの動物では人間と違い,オスとメスが環境の変化などに伴って,オスがメスになり,メスがオスになるという性の交代が行われる。これは日本の小学校の理科の副読本にも記載されたことがあるように,初歩的な常識である,それを知らないことを前提にした報道であった.また,測定できないほど微量な物質が原因物質とするという論理が破綻していることも指摘されなかった.さらに現実的には人類の繁殖速度は,他の動植物に対してきわめて高く,100年で2倍から4倍という高いペースで増殖を続けているという現実からみて,現在の地球環境が人間の繁殖を抑制するという現実的な証拠もない.

この環境ホルモン事件が起こった背景には,「プラスチックは人工的に作られた物質である」という基本的な誤解から生じている.その意味では石けんと洗剤の論争と同じく石油やプラスチックなどの合成反応や化学構造の無知が原因していて,科学的にほぼ無意味なものであるが,現在の日本のマスメディアの記者の科学知識のレベルでは,石油の成因や,石油からプラスチックを合成する反応,およびプラスチックの構造と生体構造の類似性などに対する基本的な知識とそれに基づく判断を期待する事ができない.