このシリーズはすこし長い文章になるけれど,2回でダイオキシンに関する事実を示して終わろうと思っていたが,読者の方の反響もあり,今回は「その2」として短いコメントを入れることにした.

シリーズの目的は「人間が作りだした,史上最強の猛毒」と言われたダイオキシンとは一体,なんだったのかをハッキリさせたい.それは環境を考える学者の義務であると思ったからだ.

和田教授は2001年の論文の冒頭に次のように書かれている.

「ダイオキシンは,環境ホルモンと並んで,新しい環境汚染物質として,最近では毎日のごとくマスメディアに登場し,必ず“猛毒で発癌性の”という枕言葉がつけられ,人々を不安と恐怖に陥れている.

猛毒で発癌物質という言葉からは,少し舐めただけで忽ち人は倒れ,またやがては癌になって死に,人類は滅亡してしまうことを想像させる.本当にそうであろうか.」

和田先生はもともと誠意あふれる研究者であるが,この文章に本当にそれが良く出ている。科学は「事実」を認識努力であり,「真実」に近づこうとする意志である。たとえ世間がどのように言おうと,自分がなにを恐れようと,それとは関係なく,私たちは科学に忠実である。

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この論文が出された2001年以後,医学および環境方面の学者やマスメディアが,和田先生の問いに対して真正面から答えた例はなかった.そこで私が和田論文を受けて2007年に「ダイオキシンの毒性はきわめて低い」と発言し,さらに「ダイオキシンは猛毒ではない」,さらに踏み込んで,ある場所では「ダイオキシンは無毒である」と言った.

実は2007年の3年前,私が最初に神奈川県の講演会で「ダイオキシンの毒性は弱い」と言ったとき,会場は騒然として講演が困難になり,講演を終わると共にもの凄い反撃を受けたものである.

(再び,言いたいが,科学者はどんな場合でも,事実を知りたいし,真実に迫りたい。そして,事実と違うことを発言されたりすれば,それを直したいと思うのが,科学者である.科学者は損得を考えない.)

ところで,続いて,NHKのクローズアップ現代が「ダイオキシンの毒性はサリン並み」と報道した。NHKは誤報の専門メディアであり,ウソを報道するのは当然だが,やはり,まだNHKが正しいことを報道すると錯覚している人が多い。

国民に「真実を伝える」のは「良くないことだという確信」がNHKに蔓延している.受信者はお金さえ払ってくれればよく,どうせ愚民だから本当のことを伝えるとややこしいことになるというのがNHKの考え方だ.

つまり,2001年の和田論文から数年経っても,日本社会は「誤解のままが良い」として,ダイオキシンの毒性について真正面から考えようとはしなかったのである。

身の回りの毒物について「正しい知識」を持つことは,私たち自身の健康にも影響するし,子孫にも大きな影響のあるものである.それなのに,「誤解のままで良い」とするところが,現代の日本の大人のひ弱さ,勇気のなさを表している。

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まず,ハッキリさせておこう.

「ダイオキシンが猛毒だ」と言っている人はNHK,テレビ朝日,朝日新聞であって,学者ではない。仮にある学者が言っていた場合には,到底,学会で発言できるようなものではなく,「視聴者は愚民だ」と仮定しているメディアに登場する人だけである.

それでは,

なぜ,人は「ダイオキシンは猛毒だと言いたいのだろう?

なぜ,多くの日本人は「ダイオキシンが猛毒だ」と思いたいのだろう?

すでに,和田教授が「ダイオキシンは健康被害がでるようなものではない」と言っておられ,アメリカ合衆国のダイオキシンの75%が自然由来であり,決して危険なレベルにはないのに,それでも,「毒性が弱い」ということを認めたくないのだろう。

患者さんがでないのに,なぜ,毒物にしたいのだろうか?

第一の理由は,何かにおびえているということだ.これだけ合成された物質が社会に蔓延しているのだから,一般の人がマスメディアにあおられれば,怯えるのは理解できる.

でも,もし日本人が心理的な怯えを,冷静な科学で克服できないのだったら,(少し飛躍するが)日本が軍隊を持ったりすると,また怯えてなにをするか判らない.

一人一人の人は,怯えることがあっても,国民全体が怯えていてはダメだし,それをマスメディアがあおり,政府が後押しするようではさらに日本が独立するのは難しい.

第二の理由は,将来,何かの障害が見つかるかもしれないという恐れがあることだ.これはまともな心配で,事実,私にメールをくれた方も,急性ではなくジワリジワリと何らかの障害がでるのではないかと心配しておられた.

でも,この心配には一つ大きな疑問がある.それは,ダイオキシン自体は太古の昔からあるものであり,その濃度も現在とほとんど同じだが,もしかするとなにかの障害が見いだされるかも知れない.人間はすべての事を知っている訳ではないので,危険性はある.

だから,この理由はもっともなことがあるが,それでは,「昔の人」や「ダイオキシンが多かった囲炉裏や縦穴住宅の人はどうだったのか?」という疑問がわく.

「これからダイオキシンの毒性が判るかも知れない」という疑念には,「ダイオキシンが人工的に作られた新しい物質」という錯覚があるのではないだろうか?

それとも,ダイオキシンは昔からあるが,「昔の人はダイオキシンの毒性に気がつかなかったから短命だった」とか,「人生50年の時には発症しないが,人生100年になると問題になる」いうようなかなり複雑な状況を考えないとならなくなる.

「ダイオキシンは蓄積する」と言われていたが,それは間違いである.すでに,ダイオキシンが自然環境に中に昔からほぼ同じ濃度で存在し,それは生物内で代謝され,排出されていることも判っている。

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むしろ,ダイオキシンでもっとも危険なのは,ダイオキシンの毒性に関する議論をタブーにして,議論させないことだろう.これはタバコでも同じようなことがあり,議論すること自体を厳しく糾弾すると結局,なにか判らないことになる.

確かに異論がでることは面倒な事ではあるが,もしダイオキシンやタバコが私たちの健康に大きな影響をもたらすなら,より積極的に議論を展開していく必要があるからだ.

専門家の中には「ダイオキシンの毒性は専門家しか判らない」と言う人もいるが,「患者さんの出ない物質」をどの程度,注意する必要があるのか,その判断に必要なデータや解説はどうしても必要である.

ダイオキシンの毒性報道では,これまで「ダイオキシンで被害を受けた人」がいないのに,「ダイオキシンが毒物だ」という報道で,中絶したり(胎児の殺人),母乳制限など多くの被害がでていることも,この問題を早く議論する必要があるのだ.

(平成21711日 執筆)