タバコのことを書き始めて3回目になる.「武田はタバコに甘い」というお叱りはテレビ番組以来,常に指摘されている。

実は,タバコの危険性を定量的に判断する時には,次の表を使っている。この表はリスク研究者のデータを元にして,私の研究室のドクターが整理したものだ.

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この表によると,タバコを吸うことは交通事故の10倍も危険で,タバコを吸う人と一緒に生活している人は交通事故と同じ危険性がある.ということは,交通事故が2倍,襲ってくるという事だ.

私は長く火災の撲滅の研究をしてきたから,火災で命を落とす割合が気になるが,それは表では6.2日短命になる.また,表でダイオキシンは動物実験の結果に基づいていて1.2日とかなり大きいが,現在では人間に対するダイオキシンの影響が出てきたので,それを補正するとダイオキシンの危険性は限りなくゼロに近い.

こんなにタバコが危険なのに,まだ私が「タバコは良いのかな?」と考え込んでいるのは,この表に「砂糖」,「お塩」,「お酒」,「干し椎茸」,「ゼンマイ」,「メタボ」,「海外旅行」などを加えて,もう一度,考えたいからだ.

また,タバコを吸うことによって心理的な良い影響がある点もよくよく考えなければならない.ある時に,桂さこばさんが,

「起きたらタバコ,食べたらタバコ,犬をあやしたらタバコ.タバコは良いですね.本当に落ち着く.」

と言っていた.これもまた正直な感想である.彼にとってはタバコはかけがえのない人生の友なのだろう。

タバコを吸うと,ストレスが解消して寿命が延びるという研究はないのだろうか.それを今,捜しているのだが,まだ見つからない.仮にストレス解消によって1001日の命が延びたら,タバコの評価は逆転する。

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人の趣味,嗜好と,本人への影響と社会への害をどのようなバランスで考えるか.多様化の時代に避けて通れないものであり,その教材としては良く研究されているタバコがもっとも適しているように思う.

今,多様化の時代に向かっているのに,なにか締め付けが強い.本当に締めつけなければならないことと,いい加減な理由のものを判別したい.レジ袋などは典型的な「いい加減なもの」だ.

レジ袋が追放されている。その理由は「道徳的にケシカラン!」ということだ.でも,次の表を見ると,レジ袋追放は「イジメ」にしか思えない.

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買い物が好きで,毎日,スーパーに買い物に行く人が一年に使うレジ袋を基準にすると,1ヶ月に3回ガソリンを入れる人は,一ヶ月に33年分のレジ袋を消費する。ヨーロッパ旅行ともなれば300年分だ。

好きなヨーロッパ旅行から帰ってきた人が,「レジ袋を使うなどケシカラン!」と買い物好きな人に言っているのを聞くと,私はしらける。

おまけに,レジ袋は使い捨てではなく,少なくとも半分は生活からでる汚いものをくるんだり,ゴミ袋に使ったりするが,ガソリンは完全に使い捨てである。

でも,マスコミはレジ袋が「嫌いだ」.単に感情的に嫌いだから,レジ袋の追放をしているのか,それともこれほど不合理なのだから,スーパーから広告代でも貰っていて,密かに協力しているのだろう.イヤなことだ.

その点,タバコの追放はそれによってもうける人はいない(むしろタバコを買わせる方は儲かる)ので,純粋に社会のために追放運動をやっている。だから運動の背景はクリーンだが,それは本当に「好き嫌い」の問題ではないのだろうか?

私たちがこれから作っていこうとする社会,それは個人の道徳や行き方を強制する社会なのか,それとも,民主主義の理念を信じて,個人個人が判断する世の中かのか,それともこのタバコの問題は角度の違う問題なのか,まだハッキリしない.

(平成2173日 執筆)