最近,NHKや朝日新聞などのマスメディアが「偉人」となり,勝手に道徳を決めだした.その一つが「節約は環境によい」という新しい考え方である.

今では「環境のために節約しよう」というのは当たり前のように言われるが,実は新しい道徳なのだ.

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お茶碗にご飯がもられている.ご飯を頂くときに手を合わせて神様や自然に感謝し,お米を育ててくれたお百姓さんに感謝して,最後の一粒を口にする。時には,そのお茶碗にお茶を注ぎ,お米の香りがするお茶をいただく・・・

最後の一粒のお米を残すと,何グラムのCO2になるのだろう? そんなことは問題では無い.もともとお米を一粒も残さないのはそんな「セコ」や「エコ」のためではない.

それは日本人が心の奥底に持っているもの・・・自然の恵みを受けて自分が日本の生き,多くの人に助けられていることに対する感謝の気持ちで,もっともっと気高いものである.

そしてそれは「道徳」であり,「自分の心からでるもの」であり,決して「強制されるもの」ではない.

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道徳が強制された時代があった.しかし,それは国家に利用され,戦争への道をたどった。そのことを反省し,戦後の私たちは道徳を強制せずに,その人,その人の自覚に待つようにした.

戦後,60年,それは成功しているように見える。多くの日本人が自らの判断に従って,善悪を心得,約束を守り,法律を遵守するようになった.法律を遵守しないのは足利事件を裁いた最高裁判所第二小法廷の裁判官ぐらいなもので,多くの善良な市民は健全な考えで,日々,生活を送っている。

時折,なぜ,戦前を批判してきた朝日新聞が読者に「道徳」を強制するのか?と不思議に思うことがある.道徳というのは人によって違うから,自分の価値観と違う道徳を押しつけられるほど,不快なことはない.

まして,「環境によい」といって押しつけられる行為が,本当は環境を破壊するのに,一部の人の利権のためにやらされるほど,苦痛は無い.

「節約」は環境とは関係がない.歴史の示すところによると,生産量が上がった方が環境は良くなるし,節約してもお金が余るから,それで他のものを買う。だから,何も変わらない.

「節約」が大切なのは,人間としての感謝の心であって,強制されるものでもなく,環境のためでもない.新聞記者もお金儲けだけを考えるのではなく,もうすこし自制心と知性を持って欲しい.

(平成2173日 執筆)