2. 温暖化以外の環境問題における誤報

温暖化以外でも環境問題における誤報はつづいている.たとえば,子供たちには「リサイクルして資源を大切にしましょう」と呼び掛けているが,そのように呼び掛けている大人自体がリサイクルを行っていない.たとえばプラスチックリサイクルでは,日本での消費量約1400万トンのうち,わずか物質としてリサイクルしているのは数万トンに過ぎない.大人の法律では「焼却をリサイクルに入れてリサイクル率を見かけ上高くする」というのも成立するが,これを子供に理解させることは難しい.大人が口にしていることと行っていることが大きく違う.

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このように現在の主要な環境問題である温暖化においてもこれほど多くの誤報が行われており,さらにたとえば「樹木がCO2を吸収する」などという科学とはほとんど無縁のことが中央官庁の正式報告や高等学校の教科書に書かれているのはきわめて異常である。仮に環境と言う問題が次世代の子供たちの重要なことであれば,利権などに左右されず事実を整理し報道するのはきわめて重要である。また誤報は実体的な危険も増えている。たとえば「除去装置を持っていないリサイクル」は物質の中に混合してくる毒性の物質もあまり取り除くことなく循環することを意味しているので,毒物が蓄積する傾向がある.下の図はリサイクルと除去率によってリサイクル品の中にどの程度の有害物質が混入し蓄積するかを計算したものであるが,もしリサイクルの中で毒性物質を除去しなければリサイクル率の上限は8%程度になるはずである。

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また,ダイオキシンはそれとは反対に,過度に毒性を強調して多くの人を恐怖に陥れ,少なくとも数10人の胎児が良心の錯覚によって中絶されてその命を失っている.ダイオキシンの患者が日本に一人もいないことを考えれば,「毒性物質としての毒ではなく,噂による毒」で犠牲になったと言える.

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進化論を著したダーウィンは,それまで自分たちが神から作られたと信じていた人たちが,サルから進化したと聞いて激高したのに手を焼いて,「勇気を持って見れば事実が見える」と述懐した.まさに事実を見る力が現代では問われていて,特に1990年代以後の環境問題が実害を伴うものではなく科学者によって創造されたものであることを考えれば,私たち技術者の正義,誠実,勇気が試されているとも言える。

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