人間は自分の時代や世代を背景にしてしか考えられない。

トルストイは人間が時代の子であるとしているが,私たち普通の人は,時代の子であることはもちろん,さらに細かく「世代」にも縛られる。

「経済成長しなければいけない」などというのは、かつて日本が貧しかったからと,「資本主義者社会」という成長以外には崩壊するシステムのなかで生きているからだ.

でも,私たちひとりひとりの幸福という点では,本当に経済成長しなければいけないのかどうかは、わからない。もちろん,証明などされていない.むしろ経済成長しない方が幸福なるという調査はある.でも,金融崩壊で経済成長がマイナスになったと大騒ぎしている。

「努力しなければならない」と言うけれど,本当に全員が努力する必要があるのか,性格的に努力したい人だけ努力すればよいのかも分からない.毎日をそれなりに生きるのは「努力」とは言わない.そしておそらくその方が幸福だ.

もちろん「お金持ちになる」というのが良いことかはさらに分からない.普通の場合,お金があると家庭が崩壊し,子供が勉強せず,健康を害したりして,碌なことはない.

このようなことを考えてみると,安易な「良いこと」を基準として,社会のストラクチャー(枠組み)を決めて固定してしまうと、次の人たちがつくっていく社会ができにくくなる。

たとえば「国がこうやる」,「経済システムはこうだ」などと、われわれが持っているもので社会をガチッとつくってしまうのは、後で壊すのも大変だし、どうせ間違っている.

日本社会も官僚主導になって、ガチガチになったが,もう少し自由にして、われわれの規律みたいなものをあまり強く出さないようにした方がいいと思う。

今は,ガチガチして,国民はすっかり家畜化され、「国民総家畜化」時代になった.昔からの言い方では,管理社会だ.

「ウエスト85センチ以上はメタボで病気になるから、痩せろ」,「後部座席もシートベルトをかけろ」,「たばこをどこで吸っちゃいけない」というふうにガチガチにする。何でも縛る。

本当に政府は国民が長生きした方が良いのかと想ったら,「後期高齢者どうの」,「看護がどうの」,そして「年金や健康保険がピンチ」と言う.長生きすればそうなるに決まっているのに,天下りができる方法だけを勧める。

そしてそのあげく,可愛そうに自殺に追い込まれる。ひどい日本になったものだ.

社会はルーズがよい.人間の知性はまだ完成していないから、最終結論めいたことを言うのはやめて、ルーズさを残しておく。

ルーズさがあれば、それぞれの世代、世代の人が社会をつくることができる.それが人間の歴史だった。松下幸之助でも本田宗一郎でも,戦争で偉い人がいなくなってルーズなったから活躍できた。

所詮,人間の知恵は間違っている.だから,「決して,未来を予想してはいけない」.できるだけ社会をルーズにして,一人一人が知恵をだせる余裕を作っておくことだ.

「太陽電池は良い」などまったく分からない。分からない方向に誘導しないことだ.

(平成21426日 執筆)