石油や石炭が無くなるというので太陽の光を利用して発電したり、お湯を沸かしたりする研究が進んでいる。

確かに、水力や風力に比べれば太陽の光を利用しても自然はあまり困ることはなさそうである。でも、太陽の光を利用する前に、大昔から太陽の光だけで生活をしている生物、つまり「木」のことをすこし勉強しておこう。

植物は自分で生きる。草食動物が草を食べ、肉食動物は狩りをして飢えをしのぐのに、植物は何もとらないで生きる。しかも、植物は動かない。

だから動物のように水が飲みたくなっても水辺に行くこともできない。時には激しい風が吹くこともある。少し移動すれば寒さや風をよけることができても、それでも動かない。

お腹が減っても他の生物を殺さず、自分だけで生きるというのは大変だ。植物はそれを実行していて、もちろん、木もそうだ。動かずに生きている木の仕組みはどうなっているのか?

まず太陽の光がエネルギー源なので、光を浴びなければいけない。そのためには隣の木よりも背を高くすることが絶対条件。もし、背を伸ばすのに時間がかかると他の木が先に大きくなって太陽の光にありつけない。そうすると、もう大きくもなれないので、隣の木には永久にリベンジはできない。

でも、与えられる太陽の光は弱い。だから思い切って節約しなければならない。背は高く大きくならなければならない。体を大きくしようとしても太陽の光は弱い。この矛盾を木は特殊な体のしくみで解決した。

木の皮の少し内側に「形成層」という場所を作る細胞がある。毎年、春になったら形成層の細胞は盛んに新しい細胞を作り、外側には皮になる細胞を、そして内側には木を支える細胞を送り出す。

外側に送り出された細胞はコルク層になり、数年後には形を変えて皮になる。実は、木の皮は生きてはいない。誕生したときには生きていたが、木を外敵から守るために姿を変えるときに自分は死ぬ。そして防御の任務につくのである。

木の中側に押し出された細胞も同じ運命が待っている。生まれたその年だけ生きているが、次の年に形成層が新しい細胞を作り始めると、ほとんどの細胞はその命を終わる。

なぜ、今年の細胞ができると、去年の細胞は死ぬのだろうか?

木は背を高くしなければならない。同時に、木は太陽から少ししかエネルギーをもらえない。そして木は他の生物を殺して栄養をもらうこともしない。背を高くするためには幹を太くしなければならない。

もし幹を作る細胞がみんな生きていると、生活するために水やエネルギーが必要となる。でも、太陽の光はそれほど強くなく、背の高い木の中の細胞を生かしておく程にはエネルギーをくれない。

背は高くなりたい、幹は太くしたい、でも栄養は限られている。だから、生きている細胞はできるだけ少なくする。みんな死んでもらって木を支えることだけやってもらう。生きていればエネルギーを使うからだ。

木の断面を見ると、年輪が見える。

一番、外側から少し内側の形成層の細胞だけが生きている。その内側で白い色の部分は辺材というが、ほんのわずかな細胞だけが生きていて外敵からの攻撃を防御し、大部分の細胞は死んで木に迷惑を掛けないようにしながら木を支える役割だけを果たす。

「トラは死して皮を残す」というけれど、木の細胞は「死して支えとなる」。トラに負けない。

毎年、形成層が細胞を作るので、一○年ほどたった細胞はかなり内の方に入る。内側に入ると外敵の攻撃を受けにくくなるので、僅かに残っていた監視細胞も死に、防腐剤をまいて「心材」になる。

木の真ん中の色が褐色で香りがするのはそのときにまいた防腐剤の色と臭いだ。このようにして最大限の努力をして木は外からの攻撃から身を守り、エネルギーの使用を最低にして、背を高くする。

【脱線】

木は他の生物を攻撃しないが種類によっては攻撃する木もある。コアラが好きなユーカラは動物が葉っぱを食べないように毒をもっている。コアラがなぜユーカラを食べるかというと、この毒を分解することができるからだ。

著者は人間が太陽エネルギーを利用するのにあまり気が向かない。「あなたは環境に熱心なのになぜ太陽エネルギーを利用しようとしないのですか」と聞かれることがある。

それは木の生活ぶりと人間のそれがあまりに違うので、人間がこのままの生活をしながら太陽エネルギーを利用することができるのか疑問だからだ。木は自分の体を作っているほとんどの細胞に死んでもらい、葉は最大限に拡げて太陽に光を受けようとしている。

ヒコーキで空から見ると木の葉で地面がおおわれている。それほどの太陽の光をもらっても木は節約に節約をしなければ生きていけない。

それに対して人間はしたい放題、食べたい放題だ。寒ければ我慢せずにストーブをたき、暑いと言ってはクーラーをかける。食べ物を半分残すこともある。そんな人間があれほどの節約をしている植物をまねることができるのだろうか?

木ばかりではない。多くの動物も最大限、倹約して生きている。

(平成21410日 執筆)