現在の日本は,アメリカの金融崩壊や,IPCCの温暖化,それに年金問題に揺れて,不安定な状態にある.でも,私は「普通」にさえやれば,この日本は安心して人生を送れると思う。

でも,そのためには前提がいる.自分だけが「普通に安心して」という状態にはならない.どうしても日本社会全体がそうなる必要がある.

まず,第一の前提が「報道の義務」だ.

これまで「報道の自由」とか「表現の自由」というのを良く耳にするが,「報道の義務」というのは耳慣れない。 これは「報道の自由があるなら,それに応じた義務がある」という意味だ。

報道は特権を持っている。その特権とは,報道の自由であり,表現の自由だ.どこの取材でも,基本的には取材に応じる必要があるし,記者は自由な立場で記事を書き,番組を作り,それを制限されることはない.

事実,国の大きなところには「記者クラブ」があり,重要な指導者には「番記者」がついている.なにかのイベントでは開催日の前日にマスメディアだけに開放される

  これらの特権は,「国民の知る権利」と強く結びついている.

その意味では,「報道の自由」とは民主主義における代議員制度のようなもので,本来なら国民全部が直接,首相の話を聞いた方が良いけれど,現実的には無理なので,記者が代理で首相の話を聞き,それを国民に伝える。

あまりに当然だが,報道の自由は「NHKや新聞社のために」あるものではなく,国民の知る権利によって裏打ちされている。

権利があるところに義務がある.私は報道の自由には,かならず「知り得た情報をそのまま国民に伝える義務」があると考えている。 もちろん,その情報が重要であるかどうかは,その記者が判断することだから,取捨選択は仕方がないが,とにかく誠意を持って知り得た情報を伝えなければならない.

つまり,「報道に配慮してはいけない」ということであり,それが「個人を傷つけたりする」ことがなければ,配慮は不要である。

その点で,私は環境におけるNHKの誤報を別にしても,NHKの報道には大きな疑問がある.

いくつかの例を挙げてみよう。

私が違和感を持ったのは,相撲の不祥事だ。特に時津風部屋のリンチ事件では,「NHKの記者はなぜ,取材していてリンチが分からなかったのだろうか?」ということだ.

スポーツ報道とは言っても,その社会に大きな不祥事があったら,それを報道するか,最低でも相撲報道を控えなければならないだろう.土俵の上で相撲を取っていても,それは「裏で違法なことは行われていない」ということが前提である。

2番目の不信感は,防衛省次官の不祥事である.逮捕された守屋次官は毎週のようにゴルフにいって,それも特定のグループであり,またその夫人の言動も尋常では無かったと報道されている。

国民から見れば防衛省の次官と言えば,国民の安全を守る高官中の高官だ。その人が異常な日常を送っていれば,それを報道するのはNHKの役割であり,情報は十分にあったのだから,犯罪性の立証ではなく,報道として「守屋次官が毎週のようにゴルフに行っている」という報道は必要だっただろう。

そして最も大きいのが京都議定書の批准を巡っておこった,「CO2排出に関する政府と経団連の密約」をNHKが報道しなかったことだ。これだけでもNHKは要らない。何しろ,「国民には削減を呼び掛け,産業界には義務を課さない」という密約を知っていながら報道しなかったのだから,それだけでマスメディアの価値はない.

最近では,中川財務省の言動に対するマスメディアの報道に不信感がある.

もともと,マスメディアでは「中川大臣の深酒」は有名で,公的な行事に酔っぱらって出てくることがあったという.大臣の深酒をなぜ報道しなかったのか?

それに今回のイタリアでも,女性記者が中川大臣と酒の席を囲んでいる。 まさか,女性記者はその席の代金を自分のお金で払ったとは思うが,外から見ると,癒着に感じられる。

なんで,マスメディアでは有名なことが国民に伝えられないのであろうか? 国民はなぜマスメディアを必要としているのだろうか? 女性記者はなぜ中川大臣と宴席に出席しなければならなかったのだろうか? この問題はまだ起こったばかりなので,出席した女性記者は,なぜ出席したのか,そのお金はどうしたのか,そしてなぜ報道しないのかを明らかにして欲しいものだ.このぐらいの事件なら女性記者には説明責任がある.少なくとも同席した記者の名前を公表するぐらいの潔癖さを持って欲しい。

報道は「報道の義務」を果たして貰いたいと思うし,もし,日本の報道が「報道の義務」・・・つまり知り得た情報は,重要順に伝えること,政府などの権力に遠慮するのではなく,国民の方を向かなければならないと思う。

その点で,毎日,政府の公報の役割をしているNHKはもうすでにダメになっているが,もし,日本の報道が「報道の義務」を果たし,「知っている情報は配慮せずに国民に伝える」ということをすれば,日本が明るくなる,まず第一歩を作り出すことができる.

「報道の義務を果たしていますか? 知っている情報は伝えていますか? 君たちだけが知っているという情報はありませんか? 権力者とお酒を飲みませんでしたか?」と聞かなければならない.

(平成21227日 執筆)