日本社会が大きくゆがんでいて、このゆがみが限界に達しているように感じられた。そんな私にとっては昨日、起こった連続殺人殺傷事件はさらに深く考えるきっかけになった。

 元厚生相の幹部が殺傷された事件を聞いた瞬間、わたしは「貝になりたい」という印象を受けた。もちろん、単なる物取りかも知れないので、事件は事件で捜査が進むとして、ここでは「社会がゆがんでいるか」という点だけに絞って考えてみたい。

 社会には「暴力」の種類が複数ある。普通は「個人の力による暴力」が犯罪として処罰される。そして規模が大きくなると徐々に「犯罪性」を失う。

 たとえば、戦争である。戦争は「集団の力による暴力」であるが、この暴力は許される。たとえ数万人を殺傷しても無罪である。

 最近のこの一例をイラクとアメリカの戦いにみられる。国連決議に反し、ウソの理由を構えてイラクに侵攻したアメリカは、イラクの人を多数殺傷し、フセイン大統領を殺害した。

 もちろん、もしフセイン大統領が殺傷されるなら、ブッシュ大統領の方が重罪であることは当然である。アメリカはイラクに大量破壊兵器がないことを知っていながら、それを理由にしたからである。おそらく理由はブッシュ大統領の単なる個人的な人気取りだった。

 でも、イラクに対して制裁とか死刑という言葉は使われるが、NHKはアメリカは正当だという立場で報道を続けている。

 第二番目が「お金」による暴力である。この例としては日本人としてあまり言いたくないが「日本による食糧不足国からの食料輸入」がある。また「日本に資源があるのに、規制の緩い外国からの金属輸入」もそれに当たる。

 日本は穀類自給率が27%である。ということは、日本は自分の土地を休耕田にして、自動車などで稼いだお金で世界から食糧を買っていることを示している。その中にはアメリカやオーストラリアなどの食料が豊かな国もあるが、貧困な国もある。

 そんな貧困な国にお金を渡して食料を持ってくる。日本向けの畑の横で餓死寸前の子供が徘徊している写真を見たことがある。ひどいことをするものだ。

 そして輸入された食料はほぼその半分が廃棄されている。そしてその廃棄される量が多いからゴミ箱がいっぱいになると騒ぐ。日本もブッシュ大統領に負けていない。

 さらに、日本にはまだ希少金属元素の資源があるのだが、資源を掘るとイオウが一緒に出るので、規制の弱い中国で掘り出し、そこでイオウを現地に捨てて金属だけ日本に持ってくる。

 ある会社に「何でそんなことをするのか」と聞いたことがある。そうすると「自分の土地には資源があるが、掘り出すと地域住民が文句を言うので掘ることが出来ない」と答えてくれた。

 「銅」もそうだ。日本人はエアコン、テレビや電話など電気製品を多く使うので、そこに銅を大量に使用する。で日本の銅は掘らない。もちろん掘るのが大変だからだが、遠くチリやインドネシアで掘って、そこに大量のイオウやヒ素をおいてくる。

 その鉱山の付近は遙か彼方まですっかりはげ山になり環境は破壊されているが、日本人は自分がエアコンをつけることが出来れば気にしない。特に環境運動家は自分の周辺しかみないので、困ったものである。

 そして第三の暴力が「裁判の暴力」である。このところの日本の裁判は異常な状態が続いていて、正義が勝つなどは遠くに行ってしまった。起訴された刑事事件の99%以上が有罪になることでもわかるように、裁判官と検事(国)は一体となってしまった。

 裁判官は出世しなければならない。だから、国にごまをする。そこには正義など無いのは当然である。

 最近、私が関与した裁判で、「これほど、裁判官というのは汚れているのか!」と驚いたことが2回もあった。まったく、市民の権利などは守られる状態ではない。

 第四の暴力は「NHKの暴力」であり、第五の暴力が「政治の暴力」だ。これについては次回に書きたい。

 そんな巨大な暴力が罰せられない中で、庶民には二つの選択肢がある。一つが「貝になること」であり、一つが「犯罪を犯すこと」である。その両方とも良いことではない。

 でも、日本社会のゆがみはそこまで来ているのだ。

(平成201119日 執筆)