私は次のニュースを見て、心が痛くなった。

ある中学校の女性の先生が2年間にわたって勤務中に無断で職場を離れ、乗馬クラブに通っていた。その先生は「家族の介護でストレスがたまっていた。動物に触れることでリラックスしたかった」と話していた。

市教委の教育課長は「生徒や保護者の信頼を失わせる行為で大変不適切。教職員の監督を徹底するよう学校を指導する」と話しているという。

悲しい。先生のしたことが不適切だから哀しい。教育課長の発言も哀しい。人間とは思えない。

もちろん、勤務時間中に職場を無断で離れることはあまり感心しない。でも、職場にストレスがある、そして老人の介護は本当に大変だ。しかも現在の都市は動物も森林もなく、こんな環境で正常な精神状態を保つことができるのは、人間ではないように思う。

かつて、中学校の先生はノンビリしていた。自由に働き、生徒と遊び、そして私は成長した。私が中学校にいるとき、先生から学んだことは本当に多かった。先生は尊敬されるべきであり、時間は自由に使われるべきである。

市の教育課長などが先生を叱ったりしてはいけない。先生の方がズッと社会的地位は高い・・・そのようにしておかなければ、先生は感受性の高い中学校時代の生徒を立派に育てることはできない。

生活と介護に疲れた先生は、生徒に良い教育ができないから、どうぞ自由に乗馬を楽しんだらよい。もともと、自分を制御できないとしたら、その先生に良い教育を期待することはできないからだ。

私が支離滅裂なことを言っていることはわかっている。でも、小さい事実を取り上げて、大きな真実を捨てることはできない。どうしたら良いのだろうか?

気温は温暖化しているという。でも社会は急速に寒冷化している。冷やしているのは、教育課長であり、高等学校の入学に服装を取り入れた校長先生を解任した教育委員会だ。

どんなに非論理的でも、どんなに非合法でも、私はまず、教育課長、教育委員会を批判し、先生を弁護したい。先生のおやりになったことは不適切だが、それでも先生を弁護したい。

彼らは(教育課長と教育委員会)、教育も何もできない「冷酷な人間」だ。だから彼らに日本の教育を任せておくと、寒冷化する。

このような問題が起きたとき、その矛先を文部科学省や内閣府に向けなければならない。それが教育委員会や教育課長という地位にいる人のやるべきことなのだ。方向が違う。

教育現場は長年の文部科学省と日本社会の間違った判断が続いて、すっかり崩壊している。私たちは次世代の子供たちを立派に育てる責任があり、この問題を簡単に済ませてはいけない。

中学校の先生がどんなに劣悪な環境で教育に当たっているのか、それをことあるごとに、どんなにそれが無理矢理の理屈でも、教育委員会は頑張ってもらわなければならない。

それには今回の件は良い例だ。先生の行動があまり適当ではないので、余計によい。このときに、文部科学省に先生の待遇改善を求めるのだ。我慢できる先生は、劣悪な状態でも我慢してしまうので、問題が表に出ない。それは結局、中学校の教育環境を改善することにはならないという矛盾があるのだ。

経済が発展し、社会が成長する。それなのに、人生の温度は冷えていく。せめて、気温ぐらい上がって欲しい。

私たちは監獄を襲撃する時期なのかも知れない。

(平成201030日 執筆)