その人が言うことと、やっていることが一致していると信頼できるが、言うことだけは立派だけれど、行いを見るとどうにもならないという人のことは信頼できない。

「愛している」と何回、言っても、さっぱりプロポーズもしないというのでは誠実な男ではない。そんなことは難しい理屈を言わなくても誰でもわかる。

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ゴアという人がいる。アメリカの元の副大統領で地球温暖化に熱心で、「不都合な真実」という映画や著作をして、ノーベル平和賞をもらった。

彼の映画や著作を見ると、「言動不一致」が極端である。

まず「ウソ」をつく。たとえば、IPCCには「このまま温暖化が続くと、数千年後に海水面が6メートル上がる」という報告を見て、ゴアは「これは使える」と思ったのだろう。「数千年後」を抜かして「このまま温暖化すると、海水面が6メートル上がる」と話し、その後に水浸しの映像を流す。

そうすると、誰もがもうすぐ海水面が上がると錯覚する。あまりにウソがひどいので、イギリスの裁判所は「子供に見せるときには、書いてあるウソは最初に修正しなさい」と命令した。みっともないノーベル賞である。

そんなウソを言うのは、温暖化を怖がらせるためだ。そして、次に「温暖化を防ぐ10箇条」というのを書き、そこで「電気をこまめに消しましょう」と呼びかける。

かわいそうに、白人コンプレックスの女性が、このゴアの映画に感激して「みんなで電気を消しましょう」と呼びかけている。罪作りなものだ。

ゴアの自宅の電気代は、日本の電気代で示すと1ヶ月100万円である。だから、一軒の家で200軒ぶんぐらいの電気をつけている。もちろん、エアコンもテレビも、電灯もつけっぱなしにしなければ、そこまで行かない。

昔の物語で言えば、ゴアは「ジキル博士とハイド氏」である。

昼は高名なジキル博士、身なりも言動も誠に立派な学者である。その彼が夜になると変身して極悪人ジキル氏になる。人間の心の中にはある程度の二面性があるが、その極端な例が小説になっている。

映画で見るゴアはジキル博士だ。教室にすっくと立って実に真面目な顔でとうとうと温暖化について講義する。誰が見ても、「本当にゴアは温暖化を心配している。そして節約を呼びかけている」と信じる。

詐欺師というのはそう言うものである。

彼は家に帰って、ハイド氏になり、赤い舌をぺろっと出す。そして「今日もこれで終わった。やれやれ」とソファーに腰を下ろす。彼にとっては温暖化などどうでもよいのだ。どうせ海水面が上がっても3000年後のことだから、俺には関係ないと思っている。

ゴアの手口はこれだけではない。

  199712月、ゴアが京都会議に出席するとき、すでにアメリカ上院は「バード・ヘーゲル決議」というのをして、ゴアに足かせをはめた。

それは「もし中国やインドがCO2の削減に同意しなければ、アメリカは京都議定書を批准しない」というものだ。それもアメリカの共和党・民主党の全会一致(95:0)で決まっていた。

京都会議では途中で、中国やインドは加盟しないことになった。それでもゴアは会議に出席しつづけ、アメリカは-7%で署名した。気楽なものである。どうせ、アメリカに帰れば議会が批准しないので、何%削減で条約に署名しても、アメリカ国民はCO2を削減しなくてもよい。

ゴアにとっては温暖化などどうでもよいのだ。自分が政治的なパフォーマンスができること、それで裕福な暮らし(CO2を出す暮らし)をしたいだけである。

でも、どの世の中でもジキル博士とハイド氏はいる。でも、それを受け入れたり、翻訳したりする人がいるかどうかが、その社会がまともになるかの勝負である。

(平成201015日 執筆)