太平洋戦争のまっただ中の194265日。ミッドウェー諸島の近くで日本とアメリカの機動部隊が激突した大海戦があった。

海軍の機動部隊というのは、空母を主体とした機動性を持つ部隊で、日本は南雲中将が指揮に当たった。

この戦闘は、日露戦争の日本海海戦のようなもので、大敗した日本は以後、太平洋地域における戦闘の主導権をとれずにズルズルと敗退を繰り返すことになる。

その最大の原因は、主力航空母艦4隻を一度に失い、空母が全滅したので、必然的に艦載航空機も、そしてパイロットの大半も同時に失ったからである。物資の少ない日本にとって航空機の損失も痛いが、優れたパイロットを失った打撃も回復は出来なかった。。

これに対してアメリカ軍の損害は航空母艦ヨークタウンが撃沈されただけだったから、日本軍の大敗だったが、大本営はこれを「日本航空母艦1隻沈没、アメリカ2隻」と発表、これがその後、国民に大きな錯覚をもたらすことになる。

戦闘の後、海軍報道部は事実にほぼ近い「空母3隻沈没」と発表する予定だったが、さまざまな利権勢力によって阻止された。

そして、当時のNHK(社団法人日本放送協会)や新聞は大本営のまま発表した。海軍報道部は「事実を隠蔽するより、事実をそのまま発表した方が、国民が奮起する」という判断であり、当時でも事実の重要性は認識されていた。

ミッドウェー海戦の結果をどのように認識するか、それには、政府、マスメディア、学者のそれぞれが異なると考えられ、それ自身が、それぞれの担当が持つ社会的責任である。

1)  政府は戦争遂行のために発表する。ウソもある

2)  マスメディアは従軍記者が現地で取材して記事を書く。

3)  学者は後の慎重に調べて、論文を書く。

だから、政府は「一隻沈没」、もし、マスメディアが健全で従軍記者が取材したら、「二隻撃沈、残り不明」と打電するだろう。ミッドウェー海戦では航空母艦2隻はアメリカ軍によって撃沈されたが、残りは航行不能になって後に自沈したからだ。

そして、学者は「4隻全艦沈没」とするだろう。それは事実が後になって明らかになることと、その後、太平洋では「日本軍とアメリカ軍の航空母艦同士の戦いが存在しない」ということとの論理的整合性を求めるからである。

つまり、国民が事実を知るために、「政府発表、マスメディア取材記事、そして学者の論文」が必要である。そしてそれぞれは「事実」自体が違うが、それは、目的と時期が違うからやむを得ない。

ところで、最近ではすっかりマスメディアが政府の発表をそのまま報道し、取材の自由も表現の自由もいらないまでになっている。特にNHKは政府の通りに報道し、むしろ政府の見解に反対の人を「出演させないようにする」という積極的妨害活動も行っている。

そんな中でも日本社会には正しい記者がいる。その一人が朝日新聞の杉本裕明記者である。彼は四日市の石原産業が起こしたフェロシルト事件をまとめて、一冊の書籍「「赤い土 なぜ企業犯罪は繰り返されたのか」(風媒社)を出版した。

素晴らしい書籍である。

まず、多くの社会的圧力とまったく離れて、完全に自由な記者として事実を追っていることだ。そこには記者魂を感じる。 現在のNHKには一人の記者もいないが、朝日新聞にはいる。

第二に、その取材が詳細、長期間にわたっていることだ。「事実は小説より奇なり」と言うが、事実を明らかにするのはかなり大変である。あらゆる角度から見て、考え、取材し、まとめ、また考えて取材する。その繰り返しになる。

そのことを実に丁寧に、誠意を持って行っている。事実を暴露される相手の抵抗はすさまじかっただろう。おそらく身の危険を感じたのもしばしばだったと思う。それに打ち勝つこと、それこそが記者魂なのである。

学者は「もともと、こうなるはずである」ということを理論や思考で確定していく。そして、主として過去のことを中心として調査する。でも、記者は待ったなしである。事態がどんどん過ぎていく時に、一刻を争って現場に行く。そうしないと証拠は無くなっていくからだ。

もし、現在のマスメディアに杉本裕明記者のような人が多ければ、社会保険庁の不祥事、大相撲のリンチ、防衛省次官の汚職などは未然に防げたであろう。

杉本裕明著のこの書籍は一読に値する。それは、そこに書かれている事実そのものではなく、マスメディアの取材の自由、表現の自由というのが現実に何であるかを教えてくれるからだ。

(平成201011日 執筆)