愛知県に住んで何年かになるけれど、なぜ、愛知県は県民をいじめるのか、ときどき、疑問に思うことがある。
今回は、愛知県が県下の市町村を指導して「レジ袋」の追放をしようとしている。県民にとっては何のメリットもなく、スーパーにとっては売り上げが上がって喜ぶことだ。
愛知県は県民のためにある組織で、スーパーの代表ではないので、これにはなにか理由があると思う。
県民にとってはレジ袋がなくなれば、買い物に行くときに新しく買い物袋を買わなければならないし、ゴミを捨てるときには「専用のゴミ袋」を買わなければならない。不便は目に見えている。
レジ袋を追放すると、CO2が減って温暖化に寄与することもできない。愛知県人が生活を通じて出しているCO2のうち、レジ袋を使うことによってでるCO2は1000分の1にしか過ぎないから、もし買い物袋もいらず、ゴミも裸のまま出すようにしても、温暖化にはまったく効果がない。
もちろん、レジ袋の代わりに、エコバッグと専用ゴミ袋を買えば、かえってCO2の量は増える。おまけにレジ袋はポリエチレンでできているし、エコバッグの多くはポリエステルだ。すこしでも有機材料学を知っていれば、どういう関係であるかもわかる。
でも、愛知県は「レジ袋を追放すると温暖化防止に役立つ」と県民に言っている。これほど明瞭なウソをつくにはそれなりの理由があるだろう。
まず、考えられるのは愛知県がスーパーから便宜を受けているか、それとも弱みを握られているかということだ。
県民の幸福を願うはずの愛知県が、県民に不便を強い、何の役にも立たず、出費を強要し、スーパーの売り上げに貢献しようというのだから、これは明らかに理由があるだろう。
でも、こうしても不思議だ。愛知県の環境部の人に会ってみると、みんな分別もあり、まともな人だ。この人たちがスーパーの売り上げを増やして、県民に不便を強いるという感じはしない。
「現代は自分をさがすのがむつかしい時代だ」と書いた。愛知県人は自治体からも奇妙な要求を受けるのだから、とうてい自分を見つけることはできないし、もしかすると愛知県環境部の職員の人も、何を自分がやっているのか、本来の自分の役目は愛知県人の幸福を考えることだということがわからなくなっているのだろう。
がんじがらめの人生、なにも自分には見えない人生、そして時だけ過ぎていく人生、それが愛知県が愛知県人に与えようとしていると思われる。そして愛知県下の市町村は、さらに「愛知県がこういっているから」とだけ答える。それもまた、なにがなんだかわからなくなった結果だろう。
(平成20年8月29日 執筆)