生物には「爆発的に変化する」ということがある。

 カンブリア紀に始まる古生代のさらに、そのはじめ、パージェス動物群などの奇妙な生物が爆発的に誕生した。それは現代まで約55千万年続いてきた「命の時代」の始まりでもあった。

 爆発という点で、人類の歴史をみると「四大文明」がそれにあたるし、一つの民族の場合には、ローマ帝国やチンギスハーンの蒙古帝国などが爆発に当たるものだろう。実に奇妙だ。

 現在のイタリアやモンゴルをみると、あれほどの大帝国を築いたと納得するにはトインビーにでも聞いてみるしかない。

 そして。近世。七つの海を支配したイギリスは18世紀に産業革命という爆発を起こし、その中でそれまでの人類の活動範囲を、飛躍的に高めた蒸気機関を生みだした。

 1789年にはジェームス・ワットが復水器をもった高効率蒸気機関を発明、続いて1803年にトレヴィシクが高圧蒸気機関を完成して、いよいよ人類は「大量生産、大量消費」の時代に突入する。

 蒸気機関は当時、イギリスの主要産業の一つだった繊維機械を動かすのに使われたが、すぐその巨大な力はさまざまな方面に応用された。なにしろそれまで人間か、せいぜい家畜の力を使うしかなかったのに、突然、石炭を焚けばどこでも無限とも言える力を出すことができるようになったのである。

トレヴィシクの「蒸気機関」ができてから約20年後。スチーブンソンがダーリントンとストックトンの間に鉄道を敷き、人類初の蒸気機関の走行実験を行った。

新しい時代が開かれるのを喜んでいる当時の人。騎手は旗をかざして先導の役目を果たす。歓呼の声に囲まれたながら進む無蓋の列車が見事に描かれている。

 

でも、事実はそれほど単純ではなかった。なんでも「新しいもの」に対して人間は恐怖を感じる。それは当時のイギリスのように大発展を遂げている最中の狩猟民族でもおなじだった。

 この試験運転の成功を受けて、1925年にリヴァプール―マンチェスター間の鉄道開通を許可する法律が可決されると、イギリスの民衆は集団ヒステリーのような反応を示して大規模な反対キャンペーンが始まった。

新聞には次のような記事がのった。──「鉄道が開通したら牝牛は乳を出さなくなり、メンドリは卵を産まなくなる。蒸気機関車から出る煙は毒を含んでいるから鳥は死に、キジやキツネも死に絶える。

・・・馬にも乗れなくなるし、鉄道がどんどん延びていけば、多くの生物種が絶滅し、カラスムギや牧草は売り物にならなくなるだろう」。(皆階伸子訳「環境運動家のウソ八百」から一部改変して掲載)

なにか似ているような気がする。蒸気機関車が走ったら、その上空にいる鳥はバタバタと落ちてくるというのだ。

・・・それだけではない。あのスティーブンソンは機関車を時速約30キロで走らせるつもりだと言っている。これには支援者たちも、「あまりやりすぎるな、スピードを抑えろ」と叫んだ・・・

当時、時速30キロというと無謀なスピードだった。もし誰かが「新幹線を時速300キロで走らせる」などと言ったら縛り首になっているかもしれない。そしてこのことは、遠い昔に起こったことではなく、わずか200年ほど前のことなのだ。

二つのことが頭を巡る。

一つは、リサイクル、ダイオキシン、環境ホルモン、そして温暖化と続いた「脅し政策」である。未知の未来に対して、あやしい科学の知識をもとに何でもでっち上げることができるのは今も昔も同じだ。

「廃棄物貯蔵所が満杯になるからリサイクルしなければならない。ダイオキシンは史上最大の毒物だ。環境ホルモンでオスがメス化する」、そして「100年後は気温が上がるから、明日から電灯を消そう」という類だ。全部、科学としてはウソかウソの可能性が高い。

もう一つは、「鉄道が速くなっても人生の時間は変わらない」というトルストイの言葉だ。馬車であろうが、蒸気機関車だろうが、時速4キロ、30キロ、そして300キロ、いずれも移動時間は短くなるが人生の時間は変わらない。

人間は見えない未来を怖れ、それが幸福をもたらさないと思うとストップをかけよとする。生き物としては実にもっともな反応だ。だからこそ、スチーブンソンが蒸気機関車を走らせようとすると、人生の奥の奥まで知っていた当時の文豪、チャールズ・ディケンズやウィリアム・ワーズワースも反対運動の先頭に立ったのである。

移動手段の進歩は、生活を豊かにし、寿命を延ばした。当時のイギリスの平均寿命は40才だったから、この200年で人間は2倍の人生を楽しむことができるようになった。

でも、「幸福」になったかは別である。科学の進歩は利便さを与えるが、幸福を与えるものではない。時として、科学は「幸福」という点では害をなすことがある。

この200年間、「進歩か停滞か」で争ってきた人類は、果たしてこの答えを得ることができるのだろうか? このシリーズが続けば、少しずつ答えを出していきたいと思う。

(平成20821日 執筆)

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