最近、いろいろ考えることがありますが、今、私の頭にある大きなことは「作られた環境破壊を、なぜ国民が起こっていることのように錯覚してしまうのか?」ということです。

 その一番、典型的なものがダイオキシンで、今でもダイオキシンが環境を破壊すると心配している人がおられます。

 でも、ダイオキシンは、普通の意味での環境破壊はおこしていません。つまり患者さんがゼロだからです。

 では、なんで「患者さんがゼロ」なのに、「環境破壊」になったのかというと、「科学者が、将来、ダイオキシンで環境が破壊される」と言ったからです。つまり、被害があったわけではなく、科学的な予想にもとづいているということです。

 科学的な予想ですから、当然、不確実ですし、異論もあります。患者さんがいなくてもダイオキシンはおそらく猛毒だろうと推定する学者もいれば、人間には防御反応があるからあまり注意をしなくてもよいと考える学者もいるでしょう。

 でも、ダイオキシン騒動が日本中を吹き荒れたとき、多くの人は「ダイオキシンは猛毒だ」と錯覚し、現実には被害が生じていないということには気が回らなかったという事実をどのように解釈したら良いでしょうか。

 被害者が出ているなら、普通の人でも「危ない」とわかるのですが、なにしろ患者さんがいないのですから、普通の人が「危ない」と感じることはできません。もっぱら、「将来、危ない」という科学者の予測を信じることになります。

 でも、多くの人が感情的になるほどに「ダイオキシンに最大限の注意をしなければならない」と錯覚したのはなぜでしょうか?

 マスメディアの影響と言う人も多いのですが、あの頃、マスメディアはどういう気持ちだったのでしょう。マスメディアの人たちもそれほど悪い人ではないですから、誤報にはなにかの原因があると思います。

当時、私はダイオキシンの関係者の先生がた数人をよく知っていたが、どの人も「毒性はハッキリはわかっていません」と言われていました。そして「ダイオキシンばかりに社会の関心が集まるので、この方面の正常な研究ができない」とこぼしておられた高名なお医者さんもおられました。

 だから、マスメディアも取材中に、そのような声を聞いたと思います。そんな中で、マスメディアは「ベトちゃんドクちゃんの報道」を行い、「すでに被害が起きている」と錯覚をさせる原因を作ったことも事実です。

 放送法第3条の2には「異なる見解があるときには両方を報道する」という意味の規則もあります。この規則はおそらく「判断するのは放送局ではなく、視聴者だ」と言っているものと推定されます。

それなのに、なぜ、「ダイオキシンは将来の大きな環境破壊になる」という学者の考えと、「ダイオキシンの毒性はまだハッキリわからない」という専門家の意見を報道しなかったのでしょうか?

 できるだけ正しいと思われる報道をして、判断は視聴者に任せるというのが、国民が期待する報道の姿勢だと私は思います。

 そして、現在、「科学者が予測した環境破壊」の4番目が「温暖化」です。地表の気温は少し上がっていますが、まだ自然のサイクルからあまり離れていませんし、具体的な被害が出ているわけではありません。

 ホッキョクグマの数も変わっていないし、ツバルが浸水しているのは地盤沈下とわかっています。だから、科学者はホッキョクグマやツバルのことは言いません。

 温暖化は「100年後は3℃程度あがると予想される」と言うことで、100年後のことは科学でなければわからないので、まさに「作られた環境破壊」です。

 でも、ダイオキシン騒動の時と同じように、マスメディアの人の多くが「温暖化で被害がでるに決まっている」と信じているように見えます。なぜ、「科学的に予想されたものだけなのに、それが本当に起こると信じるのか?」ということが疑問です。

 マスメディアは科学に対して批判的です。それは国民もそうですが、その科学の予測には無批判というのもやや奇妙です。

 それに、温暖化を予測しているIPCCなどは専門家の一部であり、しかも政府機関とかなりの関係にありますから、かならずしも客観的な科学や学問ではありません。

 おそらく、マスメディアにも、一般の人にも、将来に対する漠然とした不安があり、それが温暖化と結びついているのでしょう。そしてマスメディアは視聴率を上げるためには「怖がらせる」というのが大切だからかも知れません。

 「何にも起こらないという番組」というのと「怖いことを教えてくれる番組」というのがあれば、多くの人は「怖いことを報道する番組」を見たくなるでしょう。その心理を利用して、少しぐらい正確でなくてもホッキョクグマが弱るところとかツバルの一部がかん水しているところを見せれば番組になるということかも知れません。

 でも、自然のサイクルのままの温暖化に任せておけば良かったのに、下手に温暖化を阻止したりするから、食糧が減って餓死する人が大幅に増える可能性もありますし、寒冷化して酷い目にあう可能性もでてきます。

 「自分だけが儲かればよい」というのではなく、ダイオキシン騒動で、根拠のない噂によって多くの命が失われたように、「間違った予測は悲惨な人をつくる」ということをもう少し真剣に考えてもらいたいと私は思います。

 温暖化は科学者によって見解が違いますから、関係者は「予測の幅」を正確に示すのが良いと考えています。

いまのところ、科学的に幅を示せば、温暖化で被害が発生するという予想がIPCC30年後に約1℃あがるというもの、寒冷化で被害が発生するという予測も多く、プラスマイナス1℃というところでしょう。

 ですから、まだ時間的に十分な余裕がありますので(科学者の予想自体に余裕がある)、あまり慌てずに10年ほどしっかり観測をして様子を見るべきと私は思います。

 温暖化を心配して、子供を産みたくないとか、将来を悲観して気力を無くしている人を知っていますが、あまりご心配なさらずに「温暖化なんて、学者がなにか言っていることだ」ぐらいに気軽に考えた方が良いと思います。

 社会の人が誠実でさえあれば、人間の未来はいつも明るいのです。それが人間の知恵というものですから。

(平成20816日 執筆)