「愛しているから」「結婚してくれ」と言う。「愛している」は口(くち)で、「結婚してくれ」は「行い」だ。

 時に、「口」と「行い」が分離している人に会う。そんな人と運命をともにすると酷いことになる。「愛しているから」と言うから結婚しようと思っていたら、「結婚資金が足りないから貸してくれ」と言うようになり、そのうち、姿を消す。

 「口」(愛している)と「行い(結婚する)」とどっちを信じるかというと、私は、「行い」を信じる方だ。いくら「口」でうまいことを言っても、その人の行動を見ているとだいたい、心と行動は一致するようだ。

 本当は、「心」が知りたい。そして「心」=「口」=「行い」となっていることを望みたいし、そのような人と人生を過ごしたい。でも、世の中はそうでもない。普通は(「心」=「行い」)は成立しているが、「心」と「口」は違うことが多い。

 ゴアもと副大統領は「あなたにもできること」と殺し文句を言った後、「電灯をこまめに消しましょう」と呼びかける。彼の家の電気代が月々30万円であることは周知の事実だ。彼の「心」は「行い」だろう。誠実ではない。

 ネットを見るとゴア氏の「節電」に感激している人がいる。なにか、かわいそうな気がする。

 日本人で「CO2の削減」、「節約」を呼びかけている政治家、官僚、そして先生方に、実際に自分で削減している人を見たことがない。私は時にそういう人と話をしていて、本心からイヤになる。目の前のその人が、大変失礼な言い方だが、「人間」には見えないのだ。

自分でできないこと(心)なら、言わない方がよいと思うのに、相変わらず「俺は偉いから節約しなくても良いが、庶民は節約しろ」と言っている。

 かつて、明治のはじめ、鹿児島の偉人、西郷さんは人の家を訪れても、その人が帰ってくるまでジッと玄関で待っていたという。江戸城では簡素な服装で執務をしていたといわれる。

言動が一致した偉人だ。口で言うことをそのまま信じることができる人、口で言ったことを実施している人、その人が信頼できる。

「環境に良い生活を」と呼びかける環境省大臣、官僚、「我が社は環境に優しい」という社長、「京都議定書を守った方が良い」という先生方、直ちに所得と生活状況を公開するべきである。偉い人というのは、自分で自分の意志を行動に移せる人だ。

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 ところで、「心」=「口」=「行い」を一致させるのは、実際にはかなり難しい。簡単なようで難しい。

 簡単なようでというのは、「心」は自分がそう思っていることだから、自分自身だ。その自分自身が考えていること、思っていること、そのままを口に出し、行うのだから、これほど簡単なことはない。

 もちろん、人間の長い歴史を見れば、そして多くの文学を読めば、さらに社会を長く経験すれば、心と口と行いが一致することはないこともわかっている。

 それは人間の弱さの一つだろうが、それでも、社会を指導する人、学校の先生などは、せめて「表面的には辻褄があっている」という姿だけでも示さなければならない。できれば、もう一歩、踏み込んで「日本人の誠」で行きたい。

 地球温暖化が恐ろしいとおもい、それを社会に訴え、さらに一人一人の行動が大切だというのなら、偉い人は、500万円以上の所得は断り、軽自動車に乗り、エアコンをつけない生活をしなければならない。

 少なくとも、専門家、官僚、先生はそうしなければならないだろう。心言動一致が必要だからだ。

 実際には、温暖化は歓迎すべき現象だし、一人一人の行動で温暖化を阻止するのは難しい。だから、「温暖化にかこつけてお金を節約し、もっと楽しいことに使う」というのは良いが、「温暖化で人生の一部を我慢する」という必要はない。

 それをするなら「偉い人」からやれ!

(平成20813日 執筆)