かつて、それがロンドン・スモッグでも、水俣病でも、光化学スモッグでも、「起こるかも知れない環境破壊」ではなく、現実に被害者がでた環境破壊であった。

 ところが、1990年を境にして、その後のいわゆる環境破壊というのは、「特定の人間が頭で作り出した環境破壊」であり、この質的な大きな差をまだ社会は認識していない。

 この環境破壊を「創造型環境破壊」と名付けるとすると、日本における、その第一号がリサイクル、第2号はダイオキシン、第3号が環境ホルモン、そして第4号が温暖化である。

 「創造型環境破壊」とは、まだ被害は出ていないが、「科学的に考えて被害が出るとされるもの」である。1992年の環境サミットで決議された予防原則はかなりこれに近いものだが、少し違う。予防原則の詳細はまた機会を見て執筆したい。

 さて、4つの創造型環境破壊について、

1)  どのような環境破壊が予想されたか?

2)  科学者のうち、誰が予想したか?

3)  何年後に環境破壊が起こると予想したか?

4)  その結果、どうなったか?

を整理しなければならない。

 実際に起こっていない環境破壊を科学的に予測するのだから、科学者でなければ予測はできない。オカルト的な予測ならその方面の能力のある人なら可能だろうが、万人が納得するような根拠は科学者でなければ示すことができないからである。

 リサイクルで予測されたことは、

1)  ゴミを焼却すると体積は20分の1になるが、炉が傷む、

2)  ゴミを焼却すると有害物質が出る、

3)  従ってゴミを焼却できないので、埋め立てると廃棄物貯蔵所は8年で一杯になる、

ということだった。

すべて科学的なことだったので、普通の人は「ゴミを焼却すると本当に炉が傷むのですか?」と聞いた。そうすると廃棄物焼却の専門家は「炉を傷めますから、ゴミの焼却はできません」と答えた。

その後の事実は次の通り。

1)  ゴミを焼却しても普通の炉は傷まない。痛むような炉も無いわけではない。

2)  ゴミを焼却しても有害物質はでない。故意に不完全燃焼させるとでる。

3)  実際にはプラスチックのリサイクルは対象となる430万トンのうち、8万トンしかリサイクルしていないのに、廃棄物貯蔵所は10年以上たっても、問題は起きていない。

 科学として何を間違ったのだろうか?それについてはすでに私のネットに解説を加えているが、もっとも大きな問題は「科学的手順を踏まなかった」ということである。

 ダイオキシンは、患者がいない環境破壊だったので、ハッキリした「創造型環境破壊」だった。そして、すでに「ダイオキシンでは健康障害がでない」と結論されている。

 環境ホルモンは、さらに典型的な創造型環境破壊だったが、提唱者はシーア・コルボーンであり、第一回の研究会からマスメディアを招待するという普通ではないことから始めている。

 環境ホルモンは途中で、科学から完全に外れた。それは、提唱者のグループが、

「測定できない濃度の環境ホルモンが、生体に影響を及ぼす」

としたからだ。

 「測定できないほどの濃度の物質」が生体に影響を及ぼす可能性は大きい。しかし、それは科学では無い。「測定できない」から、誰も「科学的な実証の方法がない」ということになるからである。

科学者が、このような予想を立てることは結構であるし、それを実証する努力も大切だが、実証されていない間は科学は一言も言わない。

 人間は誰しも、「恐れ」を言葉にして良い。「恐れ」ならいつでも何でも言っても良いし、同士を募って政治的な力にすることもできるけれど、それは科学では無い。

 「測定できない濃度以下」という表現が出た途端に、環境ホルモンはオカルトになった。

 今、問題になっている温暖化も「一部の人が頭で作り出した創造型環境破壊」である。しかも、100年後の予測値に基づいているので、かなり先が長い。私はせめて30年後で議論ができないかと言っているが、どうも主唱者グループは100年後に限定している。

 科学は100年後は予測できない。「今の状態が続いたら」ということでも、誤差があまりにも大きくなって予測の幅を超える。まして、100年後の世界平均気温が2.8℃というように二桁の数字がでることはまったくあり得ない。

 これまでの地球の歴史で「気温が上がって生物の絶滅が増える」ということは、変化の速度を加味しても一度もない。これも科学では否定される。

 リサイクル、ダイオキシン、そして環境ホルモン、ともに創造型環境破壊は間違いだった。まず、それを認識しないと、それらのことも、そして今後の温暖化の議論も正常な科学のテーブルには乗らないだろう。

 温暖化問題で「科学の手続きを踏んでいない」もっとも大きなことはIPCCの報告書が論文ではなく、単なる政治的報告書であり、査読も受けていないものである。普通なら学術報告とは見なされない。単なる著作物である。

 あるシンポジウムで環境省の役人が「武田さん、IPCC2500人の学者が参加したのですよ。あなたが何を言うのですか」と言った。政治的には民主主義だから多数決なのだろうが、科学は多数決ではない。

 「科学的に創造する環境破壊」を持ち出すなら、科学的な批判を浴びなければならない。

(平成2089日 執筆)

(注)「創造型環境破壊」およびそれに類似した用語を使用する場合には、一言、私に断ってください。このホームページは特に著作権はフリーですが、この用語だけは少し慎重に使いたいので。