環境の講義では無いけれど、学生のレポートに次のようなことが書いてあった。
「私の母はレジ袋をもらった時は必ずと言ってよいぐらいゴミ箱用の袋にしています。しかし、市ではゴミを分別するためにもえるものは燃えるゴミ専用の袋を使わなければなりません。なぜ、分別するようになったのか知りたいんです。
私は田舎に住んでいます。
家から駅までの間はほとんど田んぼがあり、風がある時は夏でもとても涼しく感じることがあります。そう考えると、温暖化はビルなどがたくさんあるせいなどでしょうか?」
学生は時間に余裕があったのだろう。レポートのすみにこのように書いてきたけれど、素朴な疑問だ。東京で利権とビル群の中の異常な雰囲気で考える「環境」というものがどんなものかがよく分かる。
日本人は、レジ袋を決して使い捨てなんかしない。大切に使って十分に活用している。この学生の母親の純粋で日本人らしい立派な行動を、ペットボトルを増産したい会社、リサイクルで人の税金を当てにしている人、そしてイオンという巨大スーパーがものを売るために環境省と一緒になって、ムダを強いているのだから、日本は本当に心配だ。
「何で、レジ袋をゴミ箱用に使ってはいけないの?」という素朴な問いに答えなければならない。まさか、日本の中枢部が「じれ袋―(ゴミ袋+買い物袋)」の引き算が出来ないと言うわけにもいかない。
環境省のどんな立派な説明よりも、この学生の母親の行動の方が比較にならないほど環境に大切である。
温暖化にしてもそうだ。すでに東京はこの100年で3℃も上がっていて、温暖化を警告する先生の中には2℃あがると地獄と言われている。確かに東京はすでに地獄なのだろう。
でも、この学生の感想のように、本当に日本の田舎は温暖化で苦しんでいるのだろうか? 家から駅まで田んぼの中を通って通学してくる学生を教えるのは楽しい。見かけはいろいろだが、心は純情だ。そして、素直に事実を観測してくれる。
今度、学生に近藤先生のデータを紹介してあげなければならない。
私はこの春日井の地にある中部大学で教えることができて幸せである。ここでは、東京のように奇妙にひねくった理屈はいらない。みんな、自然の中を歩いてくるので、科学的なことは科学的に、しっかり話ができる。
(平成20年5月14日 執筆)