単なる乗り物好きなのか、それともエンジニアだからメカが好きなのか、そこのところはよく分からないけれど、私はクルマが好きだ。ドライブも好きだし、第一、クルマがあることが良い。

 

 時々、やけに新しいクルマが買いたくなることがある。もちろん衝動的で、今のクルマが気に入っていないわけではない。そんなとき、私は麻疹にかかったようにネットに夢中になる。

 

 トヨタから始めて次々とクルマのメーカーのページを訪れると夢はドンドン膨らんで、だいたいはオープンカーで落ち着き、そしてやがて疲れ果て、クルマの幻想から目が覚めて、急に眠たくなって寝る。

 

 クルマに乗っている自分。それはとても滑稽なものだ。私は「社会は安全に住むことができなければならない」と多くの人に説く。日本は犯罪が少なく、寿命も長く、かつてあった公害も今ではほとんどない。

 

 現代の日本で危ないと言えば、毒物の入ったリサイクル品や外国からの加工食品ぐらいかも知れない。それほど安全になった。かつての水俣病など本当に悲惨だったので、私は学生に「二度と水俣を繰り返さないために」と熱っぽく講義をする。

 

 でも、あの水俣でも被害を受けた人は最大で数万人だ。それに比べると、自動車は毎年120万人の人が負傷する。それが30年続いたから、もう3000万人だ。

 

 そんなクルマに私は乗っている。

 

何で乗っているのだろう?私はクルマが好きだ。だから乗っている。それなら私は水銀が好きだ。だから水銀を使う。それも注意して使っている。注意しているのだから何が悪いと開き直ると、おそらく何かの法律に引っかかるだろう。

 

 逮捕されたとき、「私は水銀が好きなんですけれど。そして十分、注意して使っていますが、何が悪いのですか?」と聞いたとすると、「水銀が危険だということが判らないのか」と怒鳴られるだろう。

 

 でも私はクルマに乗っている。それでも逮捕されない。「私はクルマが好きなんです。そして十分に注意して運転しています。なにか悪いのですか?」と聞く。聞かれた方はポカンとして「いや、別に悪くないですよ」と答える。

 

 方や数万人、方や3000万人・・・・苦しみは同じだろう。私はなにか恥ずかしい

 

(平成2054日 執筆)