考えてみれば異常な事態である。中学校や高等学校で習う程度の学問が、テレビ報道によって次々と打ち破られ、科学技術立国と言われる日本で15年も白昼堂々とまかり通っていたのである。

 

その第一が北極の海氷の融解と海水面の関係だ。排除体積と浮力、そしてアルキメデスの原理、塩分や圧力補正・・・すでに海氷が融解しても海水面の上昇にはほとんど影響を与えないことは物理学の初歩で分かり切っているからだ。

 

むしろそれより南極の氷の方が錯覚の程度としては大きいかも知れない。南極は大陸の上に氷が乗っており、極地の温度はマイナス50℃にもなる。だから温暖化によって周辺の海水温が少しでも上がれば降雪は増えて氷も増大するのは、科学者技術者にとっては第一感でもある。それを「温暖化すると氷が減る」というのだから、ますます科学技術立国も怪しいものである。

 

でも南極の氷のトリックはもっと初歩的である。

 

日本の人口が減っているか増えているかは、葬儀場だけに言っても判らない。葬儀場ではいつも人が亡くなっており、だから人口が減っているとは限らないからだ。人口が減っているか増えているかは誕生する日本人と、死亡する日本人の「引き算」であって、片方だけで計算できるものではない。

 

南極の氷は周辺部で常に融けていて、それで定常状態を保っている。つまりテレビの映像が南極の周辺部の氷が融けているのを写しても、それで「氷が増えているか減っているか」は判らない。周辺部の氷の融解は寒冷化していても起こることだから、科学的な因果関係はないからだ。

 

 

残念ながら、日本民族の幼稚化は、事態が深刻になると出現する。

 

壺井栄原作、木下圭介監督、そして高峰秀子が主演した「二十四の瞳」は私の人生で大きな影響を与えた作品だった。

 

戦争の突入する前夜、この美しい小豆島の分校にも軍国主義の陰が強く及んでいた。教育委員会は文部省の指令を受けて小学校でも軍事を賛美する教育を矯正する。その中で高峰秀子、ふんする先生はそれに抵抗して教育委員会に睨まれる。

 

やがて戦争が始まり、男の子は招集を受けてセンチに赴きやがて骨となって返ってくる。立派な人間として人々の幸福のために貢献してもらいたいと思って教えてきた先生にとってはそれは耐えられるものではない。毎日、泣きながら教壇に立ち、それ故に「泣きみそ先生」というあだ名をつけられる。私も長く教壇に立っているが、もし自分が教えた学生が若くして骨となって返ってきたらそれに耐えられるだろうか?

 

私には自信がない。

 

近くは横浜市立大学の学問の自由の問題、遠くは戦前に学問の自由のために立ち上がり、闇の葬られた人たちに無念と比較すると二十四の瞳の話は甘いものかも知れない。でも私にとっては最初にこの映画を見て30年の月日を経ても、まだその衝撃は鮮明である。

 

数年前だっただろうか。私は中学校の環境の副読本のようなものを作成するように依頼された。

 

私は政府の思うとおりになる人ではないから、その依頼そのものが何かの間違いだったと思うが、とにかくある筋から依頼が来たのである。私はその光栄な仕事に取り組み、やがて脱稿して提出した。でも、予想していたように私の副読本は査読委員会で激しい反対にあった。その主な理由は「現在の政府の環境政策と異なる」というものだった。

 

具体的には、リサイクルにもダイオキシンにも触れていないからだ。私は従来からリアサイクルは資源をよけいに使い、ダイオキシンは有害物質とは言えないと考えていた。だからといって記載しなかったわけではない。

 

中学生や高校生に教えるべきことは、自らの学説を強調するものでもなく、時の政府の方針を説明するものでもない。より深い真実をしっかりと伝えることである。たとえば私は次のように書いた。

 

「外で遊んできたあなたが、泥まみれの体でお風呂場に飛び込みシャワーを浴びる。シャワーの温度はボタン一つで調整できるし、お湯もタップリと出る。棚にはシャンプーが老いてあるし、あなたは魔法のようにたちまち綺麗な体になる。素晴らしいことだ。

 

でも、少し考えて欲しい。あなたの体に付いていた汚れはどこに行ったのだろう。それは使い終わったシャンプーと共に下水に流れ、やがて自然界にでる。もしかするとあなたの体の汚れは、海を泳いでいるサカナがうっかり口に入れてしまうかも知れないし、海の底にヘドロのようにたまるかも知れない。

 

そう・・・シャワーを浴びるということは、「汚れたあなたの体」が、「きれいさっぱりした体」と「汚れ」とに別れ、「汚れ」の方は環境を破壊する。もちろん、ボタン一つでお湯が出てくるためには石油を使い、シャンプーも環境を汚す。」

 

それが人間の生活というものだ、と私は書いた。

 

この話の他にも195212月の起こったロンドンスモッグにも触れた。

 

生産活動が急激に盛んになったこの時期、ロンドンは従来から使っていた暖炉の他に、市中を走り回るバスに大量の燃料を使い始めた。更に商店街や映画館が増えて、そこでも多くの燃料が使用される。冬の寒い日、普通なら北極海の方に漂っていた寒気団がロンドンの上空に移り、逆転相を作り出した。大都市は朝を迎え、家庭では暖炉をバスはアイドリングをはじめた。

 

そしてしばらくするとその排気ガスが上空から地上に舞い戻り、午前10時には信号も見えず、映画も上映できないような猛烈なスモッグがロンドンを襲ったのである。12月だけで死者4000人、総計で1万人と言われる大公害に見舞われたのである。

 

私は書いた。

 

「ロンドンの市民はこの日に初めて汚いものを出したのではありません。そのずっと前から同じように煙を大気中に出していたのです。でもその時に被害を受けていたのはおそらく空を飛ぶ鳥だったでしょう。

 

ロンドンがスモッグに襲われたのは、それまで人間が気づくことなく自然界に出していた煙が自分たちのところに戻ってきただけなのです。「自然が破壊される」といってもこのロンドンのスモッグ事件のように我が身に降りかかってくるのが困ると言うことが多いのですが、本当の意味で環境を守るというのは、自分とは一応切り離して、もう少し大きな視野で自然を観察することが大切です」

 

でも、原稿はさらに大もめにもめた。私を推薦してくれた方は間に入って困り果てておられた。私の文章が「環境と言うことを生徒に教える内容としてはふさわしくない」という理由なら、それは仕方がない。私が正しいと思っていても、客観的に見て間違っていることがあるからだ。でも、「政府の環境政策と異なる」という理由で引き下がるわけにはいかない。

 

その時私は「二十四の瞳」を例に出して反論した。

 

あの映画は国が戦争をしようとしているとき、子供に政府の政策をそのまま教えるのが妥当か、と言うことに強い疑問を投げかけている、戦争中であって大人は戦地に出向くことがあっても、戦争は無限に続くわけではない。子供には世界情勢や他の国の文化をしっかり教えておくことが戦後の時代を生きる子供たちに大切なことだ、と言うのが私の解釈だったからである。

 

「文部省は、政府の政策とはある程度の距離を置くべきだ。政府の政策をそのまま子供に教えるようなことがあってはいけない」

と私は主張したが、結果的にはかなり妥協させられ、不本意ながら「紙のリサイクル」などを少し組み入れて日の目を見ることになった。

 

戦後の学問、教育で果たして学問の自由、教育の自由は守られてきたであろうか?社会は憲法に学問の自由や言論の自由が明記されたと言っても、それがそのまま定着するわけでもない。そのためには不断の戦いが必要であり、真の自由は人間が流す血で獲得するものであることを歴史は示している。

 

日本において学問の自由は常に攻撃に遭遇してきた。それは東大ポポロ事件に対する最高裁判所の判決に見られるように、「国家を擁護する方が、学問の自由や教育の自由より優先する」という全体主義が裁判所を含めた社会全体にまだ色濃く残っているからである。

 

この拙文では、著者が考える学問の自由、教育の自由についてその一端を述べたいと思う。まだ考えは未熟であり、討論も不足している。でもこの問題は日本の将来、日本の平和にとって大切なことであり、未熟を顧みず筆を執った次第である。

 

 私は今の大学と日本の科学は危機に瀕していると思っているからである。

 

(平成20413日 執筆)