「好きな人がいれば一杯のコーヒーでも夢のような2時間を過ごすことができるけれど、いなければパソコンを買い込んでオタクになるしかない」

と私は言う。

 

 私の環境論である。

 

 イソップの物語に「太陽と北風」というのがある。太陽と北風が旅人のコートを脱がす競争をするのだ。北風は「強風」で強引に、太陽は「暖かい光」でやんわりとコートを脱がそうとする。勝負は太陽が勝つ。

 

 人生でもっとも大切なことは、お金でも物でもなく「心」である。心が満足する人生を送ることこそ人間である。もし好きな人がいれば一杯のコーヒーでよい。でも心を満足するものが得られなければ、物に頼らなければならない。

 

 インド独立の父、ガンジーは、

「物は決して心を満足させない。むしろ、物は心をうつろにする」

と言っている。

 

 今の日本の政治、産業、学問、自治体、そして報道・・・そのすべては日本人に「物」は提供するけれど、国民に心が豊かになる政治、商品、作品、街の環境、そして番組を提供しない。ただ、物を提供するだけで一所懸命だ。

 

 私は「ゴミ袋の有料化」がひどく嫌いである。それは、「物しか提供しない」ということをやりながら、「物を買ってはいけない」と迫る。まるで北風だ。

 

 もし環境を指導する人たち、それは政治家であり、産業界の偉い人であり、専門家であり、そして自治体、マスメディアなのだが、その人たちが本当に環境を良くする力をお持ちなら、是非、「心が豊かになる」政策、商品、そして街作りにその力を発揮して欲しい。

 

 他人を罰することは容易だ。でも、他人に幸福をもたらすことは難しい。社会の指導者はそれができなければ、他人に何も言うことはできない。

 

 アメリカやヨーロッパは世界の60%の二酸化炭素を出しながら「温暖化防止」を指導しようとする。ゴア元アメリカ副大統領は「不都合な真実」という本で「あなたにもできること・・・まっさきに節電」と呼びかけながら、自分の家は全館冷暖房で月々の電気代は30万円である。

 

 彼らは二重人格だ。でも、誇り高き日本人には「誠」がある。そして良寛様もそうだったが、日本人は「物よりこころ」ということを本能的に判っている民族なのだ。

 

 決して、「物、金」に心を奪われてはいけない。できるだけ自分の人生を汚すそれらから離れることだ。接しないことだ。そして「我慢の心」を養うことが私たちの人生を救うだろう。

 

 一日でも変えてみよう。一日でも「心の生活」を送ってみると、それがどんなに快適なものかが分かる。値段を意識しない。辛いことを楽しく思う。そんな経験を少しだけすれば、ガンジーの言葉が自分のものになる。

 

 自治体の市長は、ゴミ袋の有料化を止め、分別を止めて、自分を追い込んだらどうだろうか? 背水の陣を引いて「心が豊かになる街作りとは?」と真剣に考えてみたらどうだろうか。

 

 スーパーは「タダで渡さなければならないレジ袋のかわりに、有料のゴミ袋とマイバッグが売れればよい」などと大切なお客さんを裏切ることなく、本当に小売りの商売としての誠実さを取り戻し、お客さんが心から満足する売り場を作ったらどうだろうか。

 

(平成2045日 執筆)