さて、すぐ100年後の気温になったとしても、日本は2℃ぐらいしか気温が上がらず、その影響はほとんどないと考えられます。

 

 少し安心したので、ここで一段落して、「100年後」という意味を少し考えてみたいと思います。私はIPCC100年後の予測をするのにとても違和感があります。

 

 それは、今から約100年前、19世紀の終わりの日にアメリカの特許庁長官が演説した次の言葉が印象に残っているからです。

 

19世紀は科学の世紀だった。人類が発見するものはすべて発見し、来るべき20世紀はそれらを応用する世紀になるだろう」

というのです。

 

 つまり、特許庁長官が演説したのは、

19世紀に蒸気機関、機関車、電気、機械工作、鉄鋼精選、石炭産業、染料技術、大量生産技術など多くの発見があり、もうこれ以上、科学も社会も進歩しないだろう。」

というのです。

 

 実に傲慢です。人間の頭脳はある欠陥があります。それは、論理的にも、現在、自分が持っている知識を超える知識は持てないので、「現在の知識のまま将来も進む」と考えがちなのです。

 

 現在で言えば、石油を使った自動車を走らせる・・・これは永遠に続くと思ってしまうのですが、石油を使った自動車は100年前には発明されたばかりで、まだスチームで走らせた方が良いか、今の「内燃機関」方式が良いかと議論をしていたのです。

 

 実際、この演説(「もう、発見はない」)がされた後、3年後にライト兄弟が人類初めての飛行、5年後にアインシュタインが相対性原理を発見、11年後にオンネスが超伝導を、そして、フォードの自動車の大量生産技術、シュレーディンガー方程式、石油産業、半導体、DNA、コンピュータ、レーザー、原子力そして遺伝子工学から携帯電話に至るまで20世紀の科学は発見・発明が目白押しです。

 

 科学だけではありません。政治体制では共産主義の誕生と没落、植民地支配の終焉、イギリスからアメリカへの覇権の移動、三種の神器の発明による生活の変化などさまざまな政治的、社会的変化もありました。

 

 人間は改善し、考え、努力する存在です。同時に、飽きも早く、思い違いや「ねたみ」もあります。だから社会や科学はドンドン変化していきます。早い話、今、石油の資源が枯渇すると言われていますが、100年前には石油はほとんど使っていませんでした。

 

 だから、これから100年、石油を使い続けることはまず無いでしょう。そして「石油の変わりに何が使われるか」と聞いてはいけません。今から100年前の20世紀の初頭でも「これから何が使われるか?」と聞かれて、「石油」と答える人はいませんでした。人間は新しい発明がない時に、発明の後に使えるようになるものを予想することはできないのです。

 

 ある時、女性の方と対談をしました。その時に、「今の状態が続くなんて考えられない。人間は進歩するから100年後を予測するなんて、無謀だ」と言いますと、「先生は科学を信頼していますね」と言われました。

 

 私は科学の信頼性を言ったのではなく、人間の歴史を振り返ると、「今、大切なことをする」ので精一杯で、「将来を考えて行動を制限する」ということをしたことが無いのです。

 

 将来は必ず変わるのに、「現在の延長線上で、どうなるか」と考えても、それは論理的、もともと無理とわたしは思います。もし、それが可能なら株価が上がっている時に株を買えば、必ず儲かることになりますが、そうは行きません。

 

 「将来は現在の延長線上にはない」、「将来は、現在の考えで条件としているものはかならず変わるから、予想してもムダ」ということは真理であり、歴史が教えてくれることなのです。

 

 NHK100年後の気温が6.4℃あがると報道しました。私がこの報道を繰り返し批判するのは、多くの問題点を含んでいるからです。

 

 まず、第一点はIPCCの報告と良いながら、IPCCがグラフにも載せない特殊なケースを、あたかもIPCCの中心的結果であるかのように報道することです。

 

 第二に、6.4℃というように、6℃とも言わずに、6.4℃というとあたかも「2桁も推定できる精度」と感じますが、これは推定カーブを100年で切り取ったときにたまたま6.4という数字がでてきただけで、このような推定をしてはいけないことは科学の常識です。

 

 そして、第三に「NHKは本当に100年後は現在と変わらない」との確信があるのか、ということです。IPCCは国連の重要な機関ですが、IPCC100年後だけを示しているのではありません。グラフで2018年(10年後)も2038年も示しているのです。そのうち、どこの時点を取るかはIPCCの報告をどう読むかにかかっています。

 

 たとえば、NHKは石油が30年ほどで少なくなると報道しており、石油の価格が高騰して大変であり、消費が抑制されると言っています。それとIPCCの時間のスパンを100年とするのは自己撞着です。

 

 また、「100年後にこうなるから、今、電気を節約しなければならない」という論理は余りに飛躍しています。「30年後にこうなるから、今、こうしよう」というならまだ理屈が合います。

 

 でも、30年後の予測をしてもあまり国民が怖がらないので、100年を取るというのでは国民への裏切りです。

 

実は「100年」というのは何の根拠もありませんから、いっそのこと1000年をとったらどうか、そうすればさらに恐怖をあおることができると思いま。

 

 1000年後なら、現在の延長線上で予測すれば、気温は20℃もあがり、水面は数メートルあがりますから、話はスッキリします。100年も1000年も時間に根拠がなければ同じことだからです。

 

 今の温暖化議論は、適当に100年という時間をとって、その数値があたかも意味があるようにすることが出発点になっており、その意味では「何の根拠もない環境問題」と言えます。

 

(平成20210日 執筆)