日本には龍笛があり、楽琵琶があるが、アイヌにはムックリがあり、そしてトンコリがある。トンコリは五弦の弦楽器である。
上の写真はアイヌの女性がムックリを奏でているところだが、小さな竹の細工物にこれも細い糸をつけただけのこの楽器は、これが楽器かと思うほどの素朴なものだが、奏でる音は自然と調和して見事である。
芸術性も高い。
ヨーロッパの国の料理が外から味を付けるように進歩したのに対して、日本の料理は中から味を引き出そうとする。塗り込める食文化と引き出す食文化に違いがあるが、音についてはこのムックリは日本のどの楽器よりさらに「引き出す音」のように思われる。
和人より和人らしい楽器とも言える。
ヒューヒューと泣く風の音、その風にそよぐ木々のざわめき、そして微かに魚が跳ねる音が聞こえるせせらぎ・・・そんな音に違和感なくムックリの調べが響く。
小さな竹の細工から細い糸が右にでる。その糸を引いて離す。その時に出る音を口の開け方と息で巧みに裁くのである。最初は音すら出ない。自然との調和はそれほど簡単ではないからだ。
そして、アイヌの女性はみんな美しい。見事な黒髪、やや濃い眉、優しい物腰、そしてその中に秘めた情熱が「黒髪の踊り」と名付けられたアイヌの民族舞踏の中によみがえる。
激しいリズムに合わせて6,7人の女性が長い黒髪を振り乱しながら、輪になってあふれるほどの生命力を表現する。一曲踊るのにも大変な体力がいるのではないか、そういえば何回か黒髪の踊りを見てもいつも踊り手は若い女性だったような気がする。
アイヌの文化はもちろん、楽器や踊りだけではない。神を敬い自然を尊敬する文化だったから音楽は生活の中心に位置していたが、その他にも豊かで見事な芸術に満ちている。
熊の毛皮で作ったポーチである。現代の作品だが、アイヌの工芸品の中では今の和人の感性にもあうものの一つだ。洗練されているが、それでいて熊という動物のもつ激しくどう猛な気配が感じられる。
自然の息づかいと人間の命、アイヌの文化の中には美しいもの、醜いもの、神代のもの、そして現世のものが渾然一体となっている。文化は役に立つために存在するのではないが、アイヌの文化は私の心を洗う。