気楽で楽しい人生が、目の前にあるのに、それを取りに行かない。

 私も32才までそうだった。

 

 学生時代は、できるだけ勉強しないで単位を取るのが良いと錯覚していた。

 できるだけ何もしないで大学をでるのが得だと信じていた。

 何かするより何もしない方が楽だと思っていた。

 

 考えてみると、学生時代の私は抜け殻で、時間は自分の時間ではなかった。だから、何もしないのが一番良かった。

 

 働くようになって、休みの日に仕事をすると損をしたような気がした。

 夕方の5時になってチャイムがなり、それから10分も仕事をすると損をするような気がした。まだ、自分が自分ではなかった。

 

 出張に行けば、旅行先でホテルを出て、お酒を飲みに行き、女性のところに行くことが楽しいと思いこんでいた。

 本当はそれが面白くても、面白くなくても・・・

 

 ある時、私は気がついた。

・・・私の時間は私のものだ。それが会社の中でも!

・・・私の体は私のものだ、人とは違う!

・・・お金は私がしたいことを手伝ってくれるものであり、私がお金の言うとおりにならなくて良いことを・・・

 

 それからの私の人生は気楽で楽しくなった。

 

 何しろ「損得」を考えないのだから気楽だ。何かを誰かに頼まれたら、それが自分の仕事かどうかを考えずに引き受けて、一所懸命やった。そのうち、「いざというときの武田」と呼ばれるようになった。

 

 仕事があれば夜中でもやった。自分の仕事ではないからイヤだ、忙しいからという出来ない、という理由で断ることはほとんど無かった。

 

 額に汗して働き、遊ぶ時には思い切って遊んだ。

 

 でも、そのうち変なことも起こってきた。

 昔は曜日を考えて働いていたのに、曜日が判らなくなってきた。

昔は定時を意識して働いていたが、時間は気にならなくなった。

 昔は「いくら?」とお金を気にしていたが、気にならなくなった。

 

 別に給料が高いわけでもなく、暇なわけでもなく、お金持ちでもなかったが、困らなかった。ある時、思いがけなく転職したら給料が3分の2になった。転職する時、給料も定年も聞かなかったので少し心配だったが、何事も起こらなかった。

 

 どうも私の生活は3分の2で良かったらしい。それでも金額としては100年前なら大金持ちだから、困らなかったのだろう。

 

 補助金をもらおうとか、人を非難しようとか、得をしようとか、まったく思わなくなった。

 

 時々、不運が来た。突然の雨でずぶ濡れになったり、何度やっても失敗したり、親切心でやったのに逆恨みされたり、いわれなき悪口を言われたり、電車の時間を間違えたり、パソコンをやっていたら目の前で乗らなければならない列車のドアーが閉まって2時間待ったり・・・思い出せば限りがない。

 

 でもそんな不運もなんの気にもならなくなった。・・ああ、運が悪かったな・・ですませて気が落ち着くようになった。

 

 仕方がない、これが私の人生だといつも思うようになった。そして頑張るだけ頑張った。自分ができること、社会の為になると思うこと、それならオールOKだ。

 

 ズルをすると辛いだろう。ウソをつくと後ろめたいだろう。どうしようか考えなければならないが私には何も考えることはない。

 

 そう、気楽で楽しい人生はそこにある。それをつかむのは本当に簡単だ。額に汗すること、損得を考えないこと、朝起きて呼吸さえできれば、不運は受け入れることだ。

 

おわり