日本の環境についての所見     中部大学 武田邦彦

 

(これは、NPOが企画していただいた緊急企画(ホームページに開催要領を掲載)に提出したレジメです。)

 

1.     リサイクル

 

私の希望は、1)大量消費を止めること、2)ゴミを減らすこと、の2つです。大量消費を止めるためには物を買うときによく考えて選び、それを大事に長く使えば自然に消費量が減るという考えで「愛用品の五原則」(高等学校教科書国語現代文に収録)が私の基本です。

 

リサイクルは結果的に資源を浪費し消費を増やすので気が向きません。また環境に名を借りてメーカーや大型スーパーなどが販売量を増やすのに手を貸したくはありません。データを公表しない関連協会も誠意がないと私には思えます。

 

技術的にゴミを減らすのに一番良いのは、家庭から出るゴミを「一般」と「金属類」ぐらいにわけ、金属は業者が引き取りますから高性能の焼却炉を用いて「メタル、スラグ、灰」に分け全部回収することが良いと考えています。気体以外は完全にゴミゼロになります。

 

「焼却できると思うとみんなが油断して・・」と言われますが民主主義に反していると思います。私は「偉い人」より額に汗して生活する庶民の方が考えはしっかりしていると信じています。

 

また「日本人の魂」を大切にしますから「自分のゴミは自分で」と呼びかけながらゴミや中古品を他国に出したり、自治体や業者が400円の税金を使って40円で売るなどは私の倫理観に合いません。

 

 私は結果が良ければ良いという考えではなく、誠意を失った社会が一番、環境に悪い社会と思っていますので、やること自体に誠意がないのはもともと認めないことにしています。

 

 最近、大規模スーパーの生ゴミを堆肥や家畜の餌にする例が報道されていましたが、リサイクルで狂牛病が出たのにその教訓が生かされていないようです。

 

2.     ダイオキシン

 

現在の日本の工業製品の中には規制値の4万倍近い毒物が入っています。産業界で作られる毒物は劣化したものも含めると膨大で、ゴミの中には毒物があふれています。こんな非人間的な環境の中で、特定の毒物だけを規制して、便利さを強調しても意味がないと思います。ここでも環境の名を借りて大企業を助けている結果になっています。

 

またダイオキシンの毒性には注意が必要ですし、人間への影響とともに他の生物への配慮が必要です。そしてなにより研究が大切ですが、不用意に社会を脅すと副作用があります。

 

ダイオキシンの毒性をおそれて中絶した人、母乳をあげなかった人、所沢の農業の人、狭山茶の人、そして伝統的な農業が出来なくなった多くの人たちのことを考えてあげるべきと思います。ダイオキシンの風評で人生を失った人も多いのです。

 

もっと全体を見て自然と調和した、自然の中の毒物を少しは許容しながら免疫を作って生活するというスタイルが望ましく、専門家は程度問題を常に明確にする必要があると思います。焼鳥やタバコを禁止しないで芋の蔓を野焼きするのを禁止する社会はお金だけがすべて、弱い者いじめの異常な世界です。

 

食品では、狂牛病や鳥インフルエンザの対策も必要ですが、リサイクルと言って親の肉を食べさせたり、何万羽とまるで生き物ではないように飼育することが私は受け入れられません。また、予防的にダイオキシンを規制するのは正しいことですが、研究の成果を活かしもっと定量的な説明が必要です。

 

3.     地球温暖化

 

人間の活動で地球の気温が変動するなど正常なことではありません。それを防ぐには「質素な生活」以外にはないと、これは産業革命以来の歴史が示すことです。そしてまず自分が質素な生活をすることであり、他人に呼びかけることではないと思います。

 

エアコンをつける人もいますし、美味しい物が好きな人もいます。でも私は質素に生活をしています。地球温暖化を防止するポイントは、人間を能力によって区別しないことと、自分が収入とは関係のない質素な生活ができるかどうかにかかっていると思っています。

 

でも、同時に地球温暖化に対してそれを止めることは日本人が出来ないことも知るべきであり、それを報道すべきと思っています。二酸化炭素を削減しようとする運動は「台風が来ると困るからボートに乗って台風を止めに行こう」と同じで考え方自体が傲慢です。

 

白人国家は日本の言うことは聞きませんし、中国、インド、ブラジル、ロシアは日本の生活レベルになるまで排出量を増やすでしょう。だから温暖化自体は防ぐことができない(台風が来るのはしかたがない)ので、温暖化によって犠牲になる人(熱中症など)をどうして防ぐかが温暖化対策と思います。

 

毎年、リサイクルに1兆円、意味もない地球温暖化に1兆円の税金を払い、それは誰がもらっているのかを考えるべきです。

 

4.     自然と伝統の中に生きる・・・愛用品の五原則の世界

 

私は所詮、人間は自然と生きなければならず、現代の社会は仮の姿・・あまりにも物質的になった姿・・と思っています。自然と共に生きることは危険があり、衛生的でもありませんが、その方向へ進むのが私の理想です。

 

人口を減らし、都市の中に緑を増やし、河川を大切にして、歩き、汗を流し、心を満たすこと、それが私の思想です。自然の中で調和して生きる人が増えれば環境問題は自動的に解決すると思います。

 

私は「マッチ売りの少女」「二十四の瞳」そして「太陽と北風」の話が好きです。純真な心、政府の政策に左右されない魂、そして強制的ではなく自然に良くなる仕組みを支持します。

 

でも私には確信がありません。この世の生を楽しもうとしている人に我慢をさせるだけ環境に対して私がよく分かっているのか?それほど将来を正確に予測できるのか?私は自分のことや学問は判りますが、他の人は別の希望を持っている気もします。そんな疑問がこの会で少しでも解ければと期待しています。

 

 また私は、日本人が食糧の60%を輸入して、30%を捨てているという現状、農業従事者の51%が65才以上という異常さがいつも心にかかっています。

 

 その一方、世界では8億人の人が飢えていて、石油の生産不足もそこまで来ています。日本人は世界の平均を遙かに超える物質とエネルギーを使い食糧を収奪し、日本国内と言えば都市はコンクリートで固められ地方は荒廃しているのは明らかです。

 

 そういう全体環境にあるのになぜ効率の悪いリサイクルとか、二酸化炭素の削減などで多くの人を苦しめるのか理解に苦しみます。

 

 「**が問題だから対策を講じる」というのではなく、どういう日本にするのかという視点から「日本の環境のグランドプラン」が必要です。

 

(終わり)