アメリカ人も哀しかったが、突入した人も哀しかった。

 

 片方の哀しさだけを伝えるのは事実を見えにくし、解決を遅らせる。突入した人たちは突入された人たちよりもっと哀しい歴史を背負っている。

 

そして、「テロ戦争」という用語を使う限りは戦争の片方を悪と決めることはできないし、ましてテロを口実に他国に攻め入れば同罪である。

 

人間が「力の強い方が正義」という原則を貫いている限り、戦争もテロも無くならない。どんな理由にせよ、他国に軍事力で攻め入り、力の強い方が大統領をねじ伏せて絞首刑に処することが裁判で決まるような世界に平和を求めることはできない。

 

悔しいことがあっても、他国に攻め入らない。それだけで戦争は無くなるし、現実にそのぐらいの自制心を持つことはできるだろう。

 

アマゾンでひっそりと平和に暮らす種族の代表は次のように言っている。

 

「あなた達は、私たちより技術も社会も優れているのに、何で私たちのものまで欲しがるのですか?」

 

 もし、この人の言う素朴な原理を現代の「頭の良い人たち」が理解したら、原子爆弾も、9.11も、そして地球温暖化も起こらなかっただろう。

 

 人間を除く生物は共存共栄の中に「力の強い方が正義」という原則を貫いている。でも、頭脳が本能を上回った最初の生物の種である人間が、頭脳を駆使して力を競えば、出来損ないの種として生物の歴史に刻まれる。

 

「他人のものは他人のもの、自分のものは自分のもの」から始めたい。私はいつも自戒しているが、毎日、唱えるだけでも気持ちはすっきりして、行動も潔くなる。

 

そうだ!自分は自分が出来る範囲で生きればよい。なにも他人のものを欲しがらなくても・・・