講義に10分遅れて教室に入ってくる学生。私は後ろに立っているように言う。そして、しばらくして次のように説明する。

 

「君たちが名駅(名古屋駅のこと)で彼女と待ち合わせたとする。そして待ち合わせ時間に10分も遅れたら平謝りに謝るだろう。この講義も同じだ。君たちと私が何時何分から講義を始めようとお互いに約束したのだ。だから遅れてはいけない。

 

 約束を守ることが人生ではもっとも大切だ。判ったら席につきなさい。」

 

 今、私は主に環境の仕事をしているが、環境を守る中で私がもっとも重視しているのは「約束」と「安全」である。この二つから見ると温暖化の問題すら小さく見える。

 

 約束が守られない社会、いつ強盗に襲われるかわからない社会・・そんな社会で環境などと言っても意味がないからだ。

 

 私はペットボトルのリサイクルがイヤだ。10年前は「リサイクルするとかえって資源をよけいに使うから(拙著:リサイクルしてはいけない)」といったが、次には「リサイクルするとかえって消費が増える」のが気になった。

 

 でも最近では「約束を守らないから」が私の嫌いな理由だ。

 

 なぜ、ペットボトルやプラスチックを家庭で分別するのだろうか?工業的に見ればすべてのゴミをまとめて回収して分別した方が遙かに能率的なのに。

 

 それは、

「自分のゴミは自分でかたづけましょう」

と約束をしたからだ。相手は政府、自治体、そしてリサイクル業者である。

 

 分担は、国民が分別、自治体が回収、業者が再利用で、政府はそれに責任を持つ。

「さあ、みんなでやろう!」

 

 それから10年。どうなっただろうか?

 

 国民は約束を守って分別している。税金も払っている。ところが、自治体は回収はしているがリサイクルに出していない。「儲かるから」ということで外国に輸出する。自分のゴミを自分でかたづけないのだ。

 

 50万トンが廃棄されるペットボトルのうち、半分の25万トン以上が外国に出される。それも国民からキログラムあたり400円の税金を取って、それを無視し、10分の140円で売ってポケットに入れる。

 

 税金は自分で出したのではないから、「儲かる」という。

 

 すごい日本になったものだ。私はもうペットボトルのリサイクルの話をするのもイヤだ。そんな日本、そんな公務員を見たくない。

 

 そして、業者もまた国民の400円をゼロ評価して30円で買い、「私たちは14万トンをリサイクルしています」と言う。

 

 税金や資源のムダ使いはもちろんダメだが、約束を守らないのが一番、いけない。

 

 二人とも後ろに立っていなさい!