5000万件におよぶ社会保険庁の記録喪失や、数億円の年金着服など、これがこの世のものかと思うぐらいの事件が報道されている。

 

 テレビを見ていると社会保険庁の不祥事について多くの有識者が「チェック機関が必要だ」とコメントされている。本当にそうであろうか?

 

 天下の大盗賊、石川五右衛門はいよいよ釜ゆでの刑と決まり、彼はいまわの際に「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」と辞世の句を詠んだ。

 

 人間の心は美しく、そして汚れている。だから、同じ人が、ある時には天下国家の為に命を投げ出し、またある時には賄賂をもらって手心を加える。

 

 それは、私たちが人間であるという証であり、それ故に出来損ないの生物種として将来は絶滅するだろう。生物には優れた点があり欠点がある。種が繁栄し絶滅するのもまた運命である。

 

 かつて「人間は善である」として社会体制を作り共産主義は失敗した。そんな事実とは異なることを前提とすればもちろん失敗する。人間は善であると共に悪なのだから、それをそのまま認めなければならない。

 

 社会保険庁の人は「社会保険によって日本人の老後を保証したい」という崇高な気持ちと、「隙あらば着服したい」という愚劣な本性が交錯する。それは「社会保険庁監視委員会」でも同じである。

 

 そこで社会は「学者とマスメディア」を作り、それぞれ、学問の自由、取材源の秘匿、そして言論の自由を保障した。監視委員会があれば監視できるのなら官報だけで良いが、人間はそうはいかないのだ。

 

 マスメディアには悪いが、社会保険庁の不祥事をマスメディアはすでに数年前に判っていたのだし、社会保険を研究対象としている学者も判っていた。でも、報道も学問的な発表もされなかった。

 

 もし社会保険庁の悪事をマスメディアが知っていて報道しなかったなら、報道機関はいったんその資格を放棄した方が良い。自らが知っている真実を自由に報道することこそが報道の自由の根幹だからである。

 

 テレビでコメントした有識者は軽い気持ちで「監視委員会」と発言されたのと思うが、それは民主主義の崩壊、そのものである。

 

つづく