自分の目の前にいる相手はこれから人を殺しに行く。それは判っている。でも、私はその人に刃渡り30センチの包丁を渡す。

 

自分自身が殺人をするわけではない。でも、相手はその包丁を持って人を殺しに行くのだ。その人に包丁を渡す。

 

殺される方の立場から言えば、直接的に人を殺す人も、人を殺すことが分かってる人に包丁を渡す人も共に恨むだろう。

 

アメリカ軍はアフガニスタンとイラクに進駐している。アフガニスタンはビンラディンさんがいるのではないかという理由で攻めた。そのこと自身が国際法違反だが、仮にビンラディンさんの捜索にアメリカの軍隊を使って良いとしても、もう進駐して何年にもなる。現在、駐留している理由はない。

 

イラクは「大量破壊兵器を持っている」という理由で攻めた。でもその理由はアメリカとイギリスがでっちあげたウソだった。世界中の人にウソをついてよくアメリカ人は平気なものだ。

 

アフガニスタンもイラクの立派な独立国なのだから、ある独立国の政策を自分が気に入らないからと言って軍を出して占領して良いわけはない。

 

私はアメリカ人ではなく、日本人である。 

 

日本の憲法に盛り込まれた精神から言えば、アフガニスタンやイラクにアメリカ軍が駐留していることを正しいとすることはできない。だから、インド洋上でアメリカ軍に日本の自衛隊が給油するという行為は違憲である。

 

違憲の行為を国会で是認することはできない。越権である。

 

そして、日本の平和運動は何をしているのであろうか。

 

平和を守るというのはそんなに簡単なことだろうか?インド洋で刃物を渡すことに反対しないで、どうして平和を守れるのだろうか?

 

平和を守るなら、どんな時でも平和を大切にしなければならない。自分の利益になるのであれば平和守らなくてもいい、自分の利益になるのなら平和を守る、というのなら、「平和を守る」ということと「自分の利益を守る」ということは同じだ。

 

それでは少し寂しい。

 

私は平和が大切だと思う。そして、平和を守るのは一つ一つの行為が大切で、理屈ではない。どんなにまともそうな理由があっても戦争につながる行為に加担してはいけない。

 

日本は民主主義だから、もしも万が一、政府がインド洋上で自衛隊に給油を命令したら、次の選挙では給油を命令した党には一票を投じることはできない。

 

平和を守るということはそういうことだ。

 

つづく