≪事実≫
A) ゴミというのは「物」がなければでない。
B) なぜ、ゴミが問題になるかというと、「物」に人の関心が集まっているからだ。
C) だから、ゴミを減らそうとか、リサイクルしようとするとゴミが増えた。たとえばペットボトルではリサイクルによって15万トンが50万トンに増えた。
≪理由≫
ゴミは「物」から生まれるので「ゴミ」を考えることは「物」に関心があることだから。そしていったん「物」に取りつかれると「新製品」「高いもの」にばかり心を奪われて、本当の心を失う。
≪時間≫
北風と太陽で行く(コートを着ている人に、脱がせようとした時、北風が力ずくで脱がせようとするとますますコートの襟を立てる。でも、太陽がポカポカ照ると、暖かくなって脱ぐ。このようにゴミを直接的に攻撃するのではなく、根元を断つ)
イ ゴミは多くても少なくても良い。私たちの人生はゴミのためにあるのではない。ゴミは忘れる。
リ 愛する彼女との2時間はコーヒー一杯、小さなテーブルの喫茶店で夢のように楽しい。時間は飛ぶように過ぎていく。
リ 好きな音楽を聴いている時、面白い本を読んでいる時、時間のたつのを忘れ、それが終わっても余韻が体に残る。なにもいらない。
リ 愛用品を磨いている時、愛用品を直している時、まるで昔から友達のように付き合ってきた愛犬の毛をつくろうようだ。それには小さなブラシと布があればよい。
≪モモは時間を奪われたが、私たちは心を奪われている≫
ゴミを減らそうと言っている人と、経済を発展させようと言っている人が同じ人であることに気がつかなければならない。彼らは時間泥棒のようにモモの時間を奪おうとしている。ゴミの分別は「物貯金銀行」なのだ。分別すればまた買える。だから、銀行にとっては貯金(販売量)が増える。彼らはペットボトルのリサイクルで4倍の販売増に成功した。温暖化もそうだ。温暖化に毎年1兆円のお金が投じられる。それをもらっている人は誰なのだろう?人の心を奪って「環境」で儲ける時代なのだ。
≪私の愛用品の五原則≫
一、 持っているものの数がもともと少ないこと
二、 長く使えること
三、 手をやかせること
四、 故障しても悪戦苦闘すれば自分で修理できること
五、 磨くと光ること、または磨き甲斐があること