【鉄】

 製鉄会社は鉄を作ることで社会に貢献してきた。鉄鉱床から鉱石を取り出し、精錬し、運搬し、苦労に苦労を重ねて高炉に入れる原料を調達した。そして鉄板やH型鋼などを作って、日本社会を豊かにしてきた。

 

【自動車】

 自動車会社は自動車を作ることで社会に貢献してきた。鉄鋼会社から鉄板を買い、プラスチック製造会社やガラス会社から必要は原料を調達して自動車を作り、日本社会を豊かにしてきた。多くの人が病気になった時に長い道のりを歩く代わりに自動車で行くことができたことに感謝した経験があるだろう。

 

【アルミ】

 日本にはボーキサイトがない。太平洋戦争の前には南方からボーキサイトも思うように手に入らず、軍や政と連携を取りながら原料を確保し、日本の発展に寄与してきた。戦後は自由経済の中ではあるが、遠い異国に社員を派遣してボーキサイトの調達に走った。

 

 どんな産業でも原料確保は大変である。そしてその原料を使って製品を作り、日本人はその恩恵を受けてきた。メーカーは日本の活動の原動力であると共に、社会的に価値のある存在であり続けた。

 

 1990年.日本社会がバブルから環境の時代へと転換すると、日本政府と一部の学者が変なことを考えついた。株価は下がる、景気は悪くなる、企業の収益も下がってきた。といってバブル崩壊を救ってくれるような新しい技術は誕生していない。

 

 そこで「損失補填」という思想を持ち出すことにした。企業の損失を補填するのは国民だから、まず国民にお金を出させる下準備がいる。銀行の損失補填にはある理屈が考え出されたが、「環境」もその一つだった。

 

【局面展開】

 「このまま行くと日本の環境は酷いことになる!」という宣伝を猛烈な勢いで始めた。結果的にはある意図をもった行動になったが、最初から「新しいビジネス」をねらったのか、偶然にそうなったのかは歴史的な研究を待たなければならないだろう。でも、その後の経過は一本道だった。

 

 国民は怯えた。そして「環境を守るのは自分たちの責任だ」と思い、環境にお金を出し、労力を払った。ペットボトルに600億円、アルミ缶に600億円、リサイクル全体で5000億円になる。毎年、毎年、ずいぶん税金やその他のお金を払ってきた。

 

 ペットボトルは結局、分別回収しても何にも使われていないので、思惑通りにはいかなかったが、アルミ缶は回収され、再利用された。国民は「自分たちの労力が資源の節約につながった」と喜んだが、これは一面的である。

 

 アルミ会社やリサイクル協会は次のように宣伝している。

「ボーキサイトからアルミにするのに対して、リサイクルアルミからアルミを作るのに使う電気は3%にしか過ぎない」

「アルミを製造するのに、一番、費用が掛かるのは電気だ。アルミ缶は電気の缶詰のようなものだ」

 

 一方、アルミ缶の生産量は一年に約30万トン、約180億缶である。アルミ缶はスチール缶などより少し高く、1つの缶で20円程度と言われているので、売り上げは3600億円程度と計算される。

 

 企業は製品を売り上げると利益があがるが、売上高に対する利益率は素材産業などでは5%行けば良い方である。だから、3600億円のアルミ缶を売り上げるとその5%、つまり180億円が利益だった。アルミ会社や製缶会社は「そんなに儲けていない」という声も聞こえてくるが、一応、先まで読んで反論をしていただくことにする。

 

 さて、リサイクルが始まる前、アルミ会社、製缶会社は、遙か遠い外国からボーキサイトを買い付け、何とか電気代が安い国を探して精錬し、それを日本でアルミ缶に加工していた。ところがリサイクルが始まると、国内から実に91%(アルミ缶リサイクル協会の値)が回収再利用されている。

 

 アルミ缶の製造には電気が一番、高くかかり、リサイクルでは電気代はボーキサイトの3%になるとアルミ業界が発表しているので、アルミ缶を作る際に電気代が50%として計算してみよう。おそらくは電気代の割合は少ないと思うが、アルミ業界が「電気代がほとんど」と言っているのだから、これで良いだろう。

 

(注)私は技術者だからこれまで常に正確な数値を調べて計算してきた。でも最近では「数字と表現が違う」ことが多いので、まずは表現から常識的に想定される数字を使って計算することにしている。そのうち50%という数値を正しく直したいが、ここでは考えがあって修正しない。

 

 売り上げ3600億円のうちの95%が経費で、3420億円。このうち、91%がリサイクルで来るので、もともとの経費がかかる分が310億円で、残りの3110億円は電気代が僅か3%になり、電気代が全体の50%とするとほぼ半減するから約1500億円になる。つまり全部で1800億円あまりで30万トンを作ることができるようになる。

 

 そうすると、リサイクルをしない時に比べて実に1800億円の巨利を得る。この巨利の原因の一つは国民が払った600億円の「リサイクル税金」である。もし国民が払っているお金をアルミ会社や製缶会社が払えば利益は1200億円になる。それでもリサイクルを国民にやってもらい税金まで払ってもらっているので、従来の6倍以上の利益を上げている事になる。

 

 実に素晴らしい「新しいビジネスモデル」を作り出したものである。ボーキサイトを海外から買い付ける場合はアルミ会社の責任だが、消費者に一回、飲ませると原料は「お金つき」で戻ってくる。それも電気代が3%という。素晴らしい方法だ。ただ、税金を投入してもらうこともあって「官」に擦り寄らなければならないが。

 

 ところでこれに気がついたのはある大学生だった。少し前、大学の私の部屋に一人の学生がやってきて、こう質問した。

「先生、リサイクルアルミは3%しか電気代がかからないとネットに書いてありました。アルミは電気の缶詰というぐらいだから、そうするとリサイクルが始まってアルミ会社は大もうけしたのですか?」

 

 この質問には参った。リサイクルが始まってもアルミ会社はそれほど儲けてはいない。それは目の前の純真な学生を納得させることはできない。いつもは歯切れが良いと言われる私だが、つい口ごもってしまった。

 

「えーえー、言いにくいのだが、何かが間違っているのだ。3%とか、電気の缶詰とか、リサイクルが資源の節約になるとか・・・何かが間違っているのだ。」

「じゃ、ネットにウソが書いてあるのですか!?」

「うーうー・・・」

 

 私はますます苦しくなった。というのはアルミ会社に勤めておられる人はみんな立派な人だ。指導部はすべて大学出、それも一流大学をでた人だ。その人たちが社会全体を騙しているとは言いにくい。目の前にいる大学生が目標としている人が嘘つきとは言えないのだ。

 

 かくして、私の解答はそのままになり、私の疑問もまたそのままになっている。

 

 私は日本人でありたい。日本人とは「誠実な民族」であって欲しい。そして自分自身も「誠実」でありたい。そうでなければなにか自分の人生が否定されるような気がする。

 

 商売をしている人も日本人だ。立派な学歴と能力を持っている。同じ日本人を騙さなくても人生を送ることができるだろう。まさかウソをついているとは考えられない。

 

 アルミ缶の不思議はどこに間違いがあるのだろう。来週の月曜日、わたしはまたこの疑問を調べに行く。

 

つづく