にわかに「バイオ燃料」が浮上してきた。地球温暖化が政治問題になってきたこの時、またアメリカ大統領選挙を控えたこの時に「なぜ、今、バイオ燃料なのか?」について解説を加えたい。
バイオ燃料というのは、「植物から燃料を取る」ということであり、大きくは、次の疑問をまず解消しなければならない。それからアメリカ大統領選挙に進みたいと思う。
1) もともと近代社会が石油石炭を使い出したのは、植物から燃料を取ると自然が破壊されたからである
2) バイオ燃料は30年ほど前、大々的に開発が行われたが、なぜ「ブラジル」だけが成功したのか?
18世紀。イングランドを中心として産業革命が進み、人間の活動が拡大した。それを支えた大きな技術が「蒸気機関」と「鉄の生産」であり、いずれも「還元炭素」を求めた。
「還元炭素」とは空気中の二酸化炭素を還元して、植物や動物の体の中に固定した炭素である。地上にあるのが樹木や穀類・草で、地下に眠っていたのが石油・石炭である。
1802年、トレヴィシクが全身を鋼鉄でできた高圧蒸気機関を発明するに至って「還元炭素」はさらに大量に使用されるようになり、それはすぐイングランドの森林の荒廃につながった。
それ以来、人類は「大量生産を行う近代文明を支えるための還元炭素」を地下資源に求めた。イングランドの森林が崩壊した時のイギリス人一人あたりの鉄鉱生産量は現在の日本人が使用する量の500分の1である。
つまり、現代文明はその規模が500分の1の時に自然を破壊するレベルに到達したと言える。
それを再び「バイオ燃料」という名称にしたからといって樹木や穀類を「還元炭素」として利用しうるのだろうか?
たとえガソリンに10%含有させたとしても、まだ50倍の差がある。今、問題になっているバイオ燃料を考える上の第一の視点は200年前の間違いを繰り返さないだけの理屈があるか?ということだ。
第二が、バイオ燃料というのは今、始まったわけではない。世界でも、また日本でも石油ショック以来、膨大な研究が行われてきた。そして、その結論は、
1) 樹木などから石油と同じような油を得ようとすると、それに投入するエネルギーより、とれるエネルギーが少ない(赤字になる)
2) 樹木を加水分解して発酵させ、エタノールを取ると元々の「還元炭素」の約一割しかとれない。残りの9割がゴミになる。
となり、開発はブラジルを除いて全滅した。
現在でもその状態は変わらない。環境省が鳴り物入りで大阪に作った「バイオ燃料工場」は37億円の建設費を使い、年間2万4千トンの原料を用いてたった千四百トンのエタノールしか得られない。製品は僅か17分の1であり、17分の16のゴミと処理に使う薬品が大量に廃棄される。
でも、ブラジルは違う。なぜブラジルのバイオエタノールだけがうまく行くのだろうか?それは「国土の広さ」にその理由を見いだすことができる。
「国土の広さ」の指標は昔は「人口密度」だったが、現在では国によって活動量が違うので、国土面積を国民総生産(GDP)で割ると「活動あたりの国土面積」になるので、適当である。
この指標を求めてみると、日本を基準にして1.0の場合、アメリカは8、ブラジルは150である。つまり日本に対してブラジルは150倍の国土の余裕があることを意味する。
バイオ燃料を効率的に取るためにはサトウキビのように生育が早くエタノールにしやすい作物がよく育つこと、もう一つは「横持ち(物を横に移動すること)」が容易なことである。石油のように液体のものはパイプがあれば運搬できるが、固体はそうはいかない。
収穫される畑に巨大な農業機械が入り、それを40トントラックにドサッと入れて近くのエタノール工場に運搬しなければならない。それがポイントであり、それだけでもある。
第一に木材のようなエタノールにしにくい原料では成立せず、日本のように国土が狭く横持ちが難しい場合も成立しない。
アメリカはギリギリである。
もともと、原始農業は投入エネルギーが1でも、採れるエネルギーは10だったから「農業」というのが成立した。ここでいうエネルギーは人や家畜が利用できるエネルギーだが、ガソリンのような場合も類似の効率である。
現代農業はトラクターで耕し、航空機で種を蒔き、動力で水をまき、そして農薬や肥料を使うからエネルギーを投入して作物を得る。アメリカ現代農業はちょうど1のエネルギーで1の作物を採る。
それでもなぜ農業が成立しているかというと、エネルギーが安く作物が高いのでその利ざやを稼いでいるのが現代農業である。エネルギーと作物の間の価格差がなければ現代農業は成立しない。
日本ではさらにこの比率は低く、エネルギーを3投入して作物を1得る。もちろん、もっと高い作物を得るためにハウスを使うと、エネルギー10で採れる作物1という場合も珍しくない。
だからもちろん「バイオ燃料」は「カーボン・ニュートラル(還元炭素が出来る時には二酸化炭素が出ないので、それを使う時にでる二酸化炭素と相殺してゼロになる燃料の炭素バランス)」ではない。バイオ燃料が「カーボン・ニュートラル」というのは、科学ではなく政治である。
仮にアメリカの場合、農作物を得る時に石油を1投入して二酸化炭素を1だすので、その時点ですでに「カーボン・ニュートラル」の状態である。作物を収穫してそれをエタノールにして使うと、最低でもそこでまた作物という還元炭素を1使うから、結果的には最初の石油を直接使っても同じである。
手の込んだことだ。
もともとリサイクルをしないで焼却するのを「サーマル・リサイクル」と言ったり、作物を取るときに石油を使うのに、その石油はカウントしないで「カーボン・ニュートラル」と言ってみたり、役人が英語を使う時はいつもうさんくさい。
そんな「バイオ燃料」をなぜこの時期にブッシュ大統領が言い出したのだろうか?それにはアメリカの政治と世界戦略が大きく関わっている。
1997年に京都議定書が締結されたが、クリントン政権の後半、議会は京都議定書の批准に難色を示し、ゴア副大統領は批准を取り付けられないままに大統領選挙に入り、フロリダで惜敗して野に下った。
ブッシュ政権が京都議定書を批准しないのは、石油業界などからの圧力も内ではないが、議会が難色を示し、政敵が進めてきた政策をそのまま批准するなどということはない。
日本の新聞は、ロシアが京都議定書に批准した時、「プーチンは環境に目覚めたが、ブッシュはダメだ」と論評した。とんでもないことである。プーチンは日本の「排出権取引代金」が欲しかったからであり、ブッシュは政敵を利することがイヤだったからである。
しかし、情勢は変化した。アメリカ南部に巨大ハリケーンが連続して襲来し、政府の対応のまずさもあってブッシュ政権に打撃を与えた。それがまたこの夏になると来ようとしている。
もう一つは作物、特にコーンの値段が安定しないことだ。アメリカは一年に3億トン以上の穀物を作る自由世界ではダントツの一位である。二位がフランスの8000万トンだから4倍も違う。
コーンからガソリンを作ることになればコーンの需要は安定し、高値で止まる。それは大統領選挙を控えた共和党にとっては願ったりのことである。
輸送用燃料というのは内燃機関(たとえば自動車用エンジン)の技術と深く関わっているので、一度、「標準」が決まると全世界がそれに習う。だから、容易に替えることはできず、コーンが不作になるとものすごい値上がりになる。
それに加えてロシアである。ソ連が崩壊してからロシアはアメリカの敵ではなかったし、また近い将来、敵になる可能性も少なかった。でも、ロシアのエネルギー開発は予想外の速度で進み、天然ガス、原油共に大きな力を持ってきた。
アメリカに取っては「ハリケーン」「コーンの値段」そして「ロシア」というキーワードはいずれも「バイオ燃料」に向かっていたのである。
さらに加えてイラクの失敗がある。なんと頑張ってみてもイラクが失敗だったことは明らかでアメリカの世界戦略に陰を落としている。これまでアメリカの武器は、軍備、政治、ドルの3つだった。それに「食糧」と「エネルギー」を加え、イラクで失墜した世界制覇の力をもう一度、回復しようとしたのである。
「食糧をエネルギーにする」というのはまったく逆転の発想である。もともと食糧はエネルギーをかけて作るものであり、食糧がエネルギーになることはない。そして現在でも世界で8億人が飢え、数100万人が餓死しているののだから、食糧をエネルギーにすることは「人の命より自動車」ということでもある。
食糧はエネルギーに比較して「余裕の幅」がすくない。だから少しの変動で上下する。つまり石油も天然ガスもそれほど豊富にはないアメリカには、エネルギーを戦略にする力はない。
それに比べると、食糧は豊富なアメリカだから、それを武器にしてアメリカとサウジアラビアが戦略を練れば大きな力になる。その戦略こそが「バイオ燃料」であると考えられる。
軍事、政治、ドル、の3つの力に、食糧、エネルギーを加えてこれからアメリカが世界に登場する。まさに夏を控え、大統領選挙が走り出したこの時こそブッシュ大統領がバイオ燃料を打ち上げたタイミングだったのである。
この戦略に対して日本はどうすれば良いのだろうか? もちろん「私は環境を大切に・・・」などという「良い子症候群」は的はずれだ。
一つの方法としては、アメリカの戦略に騙されたフリをして従うことだ。日本に取ってはバイオ燃料はまったく不利であるが、常にアメリカの奴隷になっていれば大丈夫だ。その選択肢が一つある。
もう一つは民族の誇り、太平洋戦争でアメリカと戦った誇りを思い出し、バイオ燃料とは決別することだ。もともとアジア人である日本は白人の力任せの論理はあまりなじまない。バイオ燃料は「環境を武器に世界の格差を広げる方法」だから、アジアの一員としての日本人としては乗れない。
つまり「バイオ燃料」というのは、我が身の得を考えてアメリカにくっつくか、それともアジアの一員としての誇りではねつけるかが迫られている問題である。
おわり