貴人の犯罪

 

 人間はみな平等だが、人間も生物の一員であるので「力の強い者が上席」という不文律もある。つまり、上席につくものは貴人である。

 

 首相、最高裁判所長官、日銀総裁、衆議院議長、検事総長、大臣、官僚のトップ、知事、市長、大企業の社長、重役、大きな団体の理事長・・・などが現代の貴人。

 

 貴人には貴人の倫理が求められる。それは「小さなことは良いとして、自分の力の範囲での倫理は厳しく咎められる」ということである。

 

 最高裁判所長官が自分が嫌いだからといって有罪にしたり、日銀総裁がファンドに手を出したり、検事総長が親戚だからといって凶悪犯人を逮捕しなかったり、官僚が天下り先になりそうなところに手心を加えたり、知事が選挙に協力してくれたからという理由で工事の発注を指示したり、大企業の社長が製品の欠陥を公表しなかったりする・・・これらのものは「貴人の犯罪」である。

 

 でも、これらの貴人の犯罪のうちまだ日本社会が「犯罪」には入れていないものがある。

 

 たとえば、日銀総裁のファンド、官僚の情報秘匿、大企業の情報公開などだ。これらはまだ日本では「倫理問題」であって、「犯罪」は構成しないとされている。その主な理由は法律の不備にあり、「被害者が特定できない場合は罪になりにくい」、「法は万人には平等ではない」という昔ながらの考え方だからである。

 

 日銀総裁がファンドを買い、それでもうける為に金余りを作り出す。そうすると総裁は儲かる。そして庶民は損をする。でも得をした人は特定できるが、損をした人は国民、つまりあまりに大勢で特定できない。だから犯罪ではない。

 

 これが一対一なら職務権限を利用した犯罪だ。

 

 環境省の官僚が京都議定書をなんとかしないと出世の妨げになるから「極地の氷が溶けると海面が上がる」とウソの報告をする。そうすると国民は騙されて「これは大変だ」と思う。1億人の国民は騙されて何か犠牲にするが、数人の官僚は栄える。

 

 これも一対一なら犯罪だ。

 

大新聞が「牛込柳町の住民が鉛中毒で苦しんでいる」とウソを書く。それが話題になり販売部数が増える。国民はウソの情報にお金を出し、特定の新聞社の社長の給料が上がる。「あるある大辞典」では関西テレビが業界から除名されたが、この誤報の方が罪は軽い。

 

大手の電機メーカーが家電リサイクル法でテレビを回収し、ブラウン管の鉛がどうなったか公表しない。液晶テレビはまだブラウン管のテレビより映像が悪いのにそれを公表しないで宣伝する。これらも厳しく見れば犯罪だ。

 

なぜ、倫理問題ではなく犯罪かというと、環境を汚したくないのにリサイクルに出したり、映像の良いテレビを買おうと思っているのに薄型テレビを買ってしまうからである。誇大広告の一種である。

 

貴人は通常の人より高い倫理観が求められ、犯罪も一般法ではない法律で取りしならなければならない。それは次に二つの理由からである。

1) 職務権限や社会に与える影響が大きいから、

2) 十分に生活できる報酬をもらっているから。

 

 その代わり「貴人の微罪は問わない」ということも必要である。大きな仕事には小さなミスがつきまとう。社会は貴人の小さなミスは目をつぶるようにする。現代はそれが逆になっていて、貴人の小さなミスを大きく報道し、大きな犯罪は目をつぶっている。

 

 かつて、武士や軍人はお金に近づかなかった。そして商人はどんなに大商人でも蔑まれる存在だった。貴人を特別に罰する法律がなければこれが正しい。

 

 東京電力はデータを欠くし、改ざんしたと言う。これが本当なら東京電力の社長は江戸時代の悪徳商人と同じだから、これから大企業の社長は蔑まなければならない。

 

 法律は常に「番人に平等」のはずである。ということは貴人には「バイアス」をかけなければならない。バイアスとは「貴人であるが故に、大きなことについては普通の人なら犯罪にならないものでも犯罪になる。その代わり小さな事は少し緩くする。」ということである。

 

 環境問題には貴人の犯罪が多い。それは貴人は儲かるけれど、損をする人が国民全体なので犯罪になりにくいからである。でもこの損失は日本社会にボディーブローのように影響し、私たちの子供たちを苦しめるだろう。

 

おわり