誰でも儲かるお金の話データ編
ひと休み
誰でも儲かるお金の話も回を重ねてきました。最初は、物価の話をしてきましたが、これから年金の話に移ります。
もし、日本人が「人並みの生活をしたい」と望むことを前提とすると、物価は年に10%ずつ上がると理解した方が良いことを示しました。普通に言う消費者物価とかGDPデフレーターというものは年率で4.3%上がるのですが、それだけでは生活は苦しくなります。
4.3%だけ増える貯金を持っていると、いつまでも「昔の生活」しかできません。綺麗なトイレができても買うことはできませんし、みんなが液晶テレビを買っても手が届かないということです。
またさらに「他の人が年齢と共に豊かになっていく」ということも加えると、実に年率10%ずつ増えないとダメと言うことになります。つまり、もっているお金が年率10%以上の利子でも利息でも収益でも得られれば「勝ち」、10%を切れば「負け」です。
「そんなことあるの!?」と思う人が多いと思います。銀行預金などをしていたら損だけが続くことを意味しているからです。
ところで、今回は「一休み」ですから少し脱線したいと思います。
資本主義や自由主義、民主主義という社会体制は、比較的、自由で明るいものです。かつて世界の多くの人が共産主義に夢を持ちました。確かに制度は良いのですが、その制度を運用するのが人間なので人間的なイヤらしさがでて、失敗しました。
でも資本主義の方も自由に競争するのですから、当たり前の話ですが「強い物が勝つ」というのが原則です。「強い」というのは「他人より」という相対的なものですから他人を蹴落とさなければならないということでもあります。
つまり、資本主義や自由主義という制度を言葉を言い換えれば「蹴落とし主義」とも言えます。
そうなると「この社会で誰が強いのか?」をまず考えます。国(政治家と官僚)、メディア(テレビや新聞)、そして大企業は強い。その人たちは自分たちが勝とうとして日夜、頑張ります。
「頑張ること」、それ自体は悪くありませんが、その結果「力の弱いもの」をやっつけることになります。その典型的な例がかつての大蔵省の「銀行局」と「証券局」でした。
もともと銀行局も証券局も国民の為に作ったのですが、次第次第に金融族の政治家や官僚は銀行や証券会社と癒着します。そして国民より銀行や証券会社の方が力が強いので、いつの間には銀行局も証券局も、「国民を代表する」のではなく「銀行と証券会社を代表する」ということになり、世界でも特異な金融政策がとられるようになったのです。
サービス最低の銀行、売買手数料が国際レベルより10倍も高かった証券取引、しかも証券会社は個人からもらった手数料を「損をした大企業」に損失補填するというところまで行ったのです。
まったく不当なこと、許せないことなのですが、日本人自らが資本主義、自由主義を選択しているのですから、仕方がないことです。つまり、資本主義や自由主義は元気な人の味方であり、結果的に「集団で頭が良く元気な人たち」が得をして「個人で慎ましい人」が割を食う体制なのです。
だから、腹を立てずに今の日本の現実を認め、その上で自分のお金を失わないようにするしかありません。そしてもう一つは、「お金」というのは本質的に「貯めることができないもの」であることを知ることも大切です。
自分の前にあるお金は腐らないように見えて、実は賞味期限が短いからです。
つづく