― モーリシャスのドードー ―

 遙かインド洋、マダカスカル島の近くに浮かぶ島、モーリシャスは日本で言えば東京都ほどの大きさの小さな島である。

16世紀のはじめ1505年。大航海時代のさなかに、当時活躍していたポルトガル人が発見し、そのあまりの美しさにそこを「エデンの園」と呼んだ。当時のモーリシャスは、美しい海岸、適度に生い茂った森林、肥よくな土地、そして競争力はないし、美しいというより奇妙な鳥という表現がぴったりの“ドードー”と言う大きな鳩。どれもが当時のヨーロッパから見れば「夢のような」光景であった。

 人類が誕生して600万年。ネアンデルタール人が活躍した頃が15万年前。そしてエジプト、インダス文明などの四大文明から約1万年。どのくらい前からモーリシャスに生物が、そして人間が住むようになったかは判らないが、400年前にヨーロッパ人が渡来してからまもなく、モーリシャスの多くの生物は、その栄光の歴史を閉じることになる。

モーリシャスは気候が良く、航海にも便利な地点にあることから17世紀(1638年)にはオランダ人が、18世紀(1715年)にはオランダ領からフランスの植民地へ、そして最後は19世紀(1814年)にイギリス領へと変わった。約100年ごとにヨーロッパの勢力地図が変わるとモーリシャスの新しい主人も変わったのである。

 「植民地」というのは、自分の土地でもないのに力ずくで占領し、その土地に住んでいる人たちの富を取り上げることを意味している。モーリシャスはヨーロッパ人によって荒らされ、ヨーロッパの動物によって土地の生物が絶滅していった。


(モーリシャスのドードー)

真っ先に絶滅したのが「ドードー」。この鳥は鳩の一種でヨーロッパには見られない種で、ノンビリとモーリシャス島で生活をしていた。ヨーロッパ人が入ってきて僅か180年ほどした1681年には早くも「モーリシャス・ドードー」が絶滅した。

残りの亜種であるシロドードー、ソリテアも18世紀には絶滅し、地上からこの鳥は姿を消した。絶滅の第一の原因はネズミだった。ネズミはヨーロッパの厳しい環境で鍛えられ、繁殖力も競争力も強かったのでドードーの卵を狙った。人間や犬もドードー殺しに参加したと言われる。

続いて、オームの類のコバネオーム、リクガメなどモーリシャスに昔から生んでいた大型の動物がドードーに続いて絶滅していったのである。

 被害は動物だけではなかった。モーリシャスに多く茂っていた「カリバリア」という名の大きな木があったが、この木は絶滅したドードーがその実を食べることによって発芽していたので、ドードーが絶滅した結果、必然的にカリバリアも絶滅した。

人間も同じだった。

イギリスの植民地になると、砂糖の栽培が大がかりに進められ、モザンビークやマダカスカルから奴隷が入る。人口は7万人から30万人に増え、定期的に伝染病がはやるようになった。でも伝染病で大量は死者がでるので、人口が増大することもなかった。

 第二次世界大戦が終わり、DDTによる大規模なハマダラカの駆除が行われ、マラリアを媒介するこの蚊が一掃された。それまでモーリシャスでは死亡の数の4分の1がマラリアでの死亡であり、それがこの駆除作戦でほとんどなくなった。乳児死亡率は人口1000人あたり150人だったのが、60人に減り、平均寿命は30歳から60歳に倍増した。

その結果、人口は爆発的に延びて、すぐ100万人を突破、以前は鬱蒼とした森に囲まれていたこの島は森が見あたらなくなってしまった。今では日本人の観光客も多く、昔の面影は消え失せた。

モーリシャスは1968年にイギリス連邦内で独立したが、その3年前にはモーリシャス島から北東へ約2000kmにあるチャゴス諸島の住民1800人がモーリシャス島へ強制的に移住させられた。植民地とはそういうものである。暴力で占領した人達がその人達の論理でどうにでもする。チャゴス諸島の人達は郷里で生涯を送りたかっただろう。

 近代モーリシャスの歴史をどう考えるべきだろうか?

 大航海時代は地球を狭くした。それまで「地の果て」にひっそりと存在していた環境をその時代の中央に引き出し、そこで一気呵成に平準化する。ドードーはモーリシャスで長い間、生存してきたのに、平準化が開始されると「地球上でもっとも強い動物」であるネズミにとって変わられ、絶滅まで180年程度しか持たなかった。そのネズミですら、さらに強力な動物である人間に駆逐されつつある。

さらに、人間自体も300年ほどですっかり変わり、今では西洋化した「モーリシャス共和国」として統治が行われている。人口は増え、動物はその数を減らした。疫病は薬剤で退治するようになり、森の代わりに白いコンクリートの壁が目立つようになった。

 慎重に研究をしていかなければならないし、ドードーの感傷にふける訳にもいかない。でも、おそらく直感的には、「ヨーロッパ人が侵入してくる前のモーリシャス」と「その後のモーリシャス」を比較すると、人間を含めたモーリシャス先住生物のとっては大きな災害であり、新しく移入した生物を含めてもモーリシャスの「最大多数の最大幸福」は増大していないだろう。

 ノンビリしたモーリシャス。ドードーがよちよちとその大きな体を運んでいた頃のモーリシャス。ポルトガル人が地上の楽園と驚いたモーリシャス。その風景描写は楽しいが、イギリス植民地になってからのモーリシャスは大量の奴隷、定期的に蔓延する伝染病と大量の死者、そして強制移住・・・楽園は殺伐とした「近代国家」へと変貌していったのである。

 ヨーロッパ文明は略奪的であり、その科学は収奪的である。私たち和人もまた同じである。そして生物は競争と淘汰によって幸福になることはない。

おわり