― ブレア首相はなぜ逮捕されないのか? ―

 2006年11月5日。イラクの首都バグダッドの高等法廷でフセイン元大統領に対して判決があり「人道に対する罪」で死刑判決が言い渡された。この判決については世界中で広く報道され、また各地で賛成反対の議論がなされている。

 国際人権団体であるアムネスティ・インターナショナル日本は「この裁判には大きな欠陥があり、不公正であった」とした。その理由として、「裁判は実に杜撰(ずさん)で、国際基準に合致するような公正な裁判を行なう能力があるかについて重大な欠陥があった」と述べている。

 フセイン大統領が1982年に政治的理由からドジャイル村148人の住人を殺害したとされている。このフセイン大統領の判決を直接的ではなく、少し広い視野で考えてみたいと思う。

 イラク新政府のシャンマリ保健相は2003年3月から始まったイラク戦争で死亡したイラク人が15万人に上ると発表した。また英医学誌ランセットは戦争とその後のテロなどで約66万人が死亡したと発表した。またアメリカ軍の死者は3000人弱と言われる。

 このイラク戦争はイラクが大量破壊兵器を保有しているという理由から、アメリカ合衆国、イギリスが主となって国連安保理を無視してイラクに侵攻した戦争である。アメリカとイギリスの主張は最初からおかしかった。

 第一に「大量破壊兵器」というのは、核兵器、生物兵器、化学兵器のことを呼ぶのが普通だが、核爆弾はすでにアメリカが日本の広島と長崎に使っていてその威力がはっきりとわかっている。確かに一度に十万人もの人間を殺すのだから、大量破壊兵器と言える。


 それに対し、化学兵器は第一次世界大戦の時にドイツが使い。その後はほとんど使われていない。フセイン大統領が化学兵器を使用したということもあるが、それではわずかに100人規模の死者が出ているにすぎない。

 大量破壊兵器というのが、「どのくらいの人間や都市を破壊、殺傷したら大量破壊というのか」という点ははっきりしないが、広島長崎の原爆が1発で約10万人、第二次世界大戦の時の連合軍による東京大空襲が最大で1回10万人の犠牲者を出したところから見ると、大量破壊兵器というからには少なくとも数万人の犠牲者が出なければいけないだろう

 アメリカは化学兵器も、また生物兵器も大規模に研究していると考えられるが、イラクのような発展途上国が優れた化学兵器や生物兵器を研究しているというようには思えない。

 また、イラクは原子炉を持っていないし、ウラン濃縮設備を持っていないわけだから、原子爆弾を製造できる能力は無いし、また原爆は運搬手段が必要であるためミサイルが必要だが、それも持ってないことも明らかである。従ってイラクが大量破壊兵器というものを保有していないということはアメリカ軍やイギリス軍がイラクに侵攻する前に既にわかっていたと考えられる。

 しかし両国は、核兵器、生物兵器、化学兵器という具体的な名前を使わずに、大量破壊兵器という曖昧な名称を使い、それとフセイン大統領の独裁的政治とを結びつけたという戦略にすぎないように考えられる

 事実、米英側が勝利宣言を行った後の2004年10月、アメリカが派遣した調査団が「イラクに大量破壊兵器は存在しない」と最終報告を提出した。これによってイラク戦争のアメリカ軍とイギリス軍の侵攻の犯罪性が明らかになった。

 つまりアメリカのブッシュ大統領とイギリスのブレア首相は共謀して、政治的理由からイラクに侵攻することを決意し、虚偽の理由を挙げて軍隊を派遣、約15万人から65万人のイラク人を殺傷したのが事実である。それは本人も世界も認識している。

 この事と自らが暗殺計画に巻き込まれ150人程度のイラク人を殺したフセイン大統領の死刑判決と、あまりに大きな差があると考えられる。

 第二次世界大戦後、東京裁判で日本の指導者が絞首刑になったが、この東京裁判について日本人自身がその正当性を認めている。国際的な力関係でサンフランシスコ講和条約の締結という問題を抱え、当時の日本政府が妥協したのはやむを得ない。

 しかしそれから50年を経て、日本人が冷静にこの東京裁判というものを考えることができる今になっても、多くの人たちが東京裁判の正当性を認めていることに疑問を感じる。

 目の前にイラクのフセイン大統領の死刑判決があり、アメリカのブッシュ大統領やイギリスのブレア首相が逮捕されていないということについて、ブッシュ大統領やブレア首相の犯罪性については指摘されていないのだから奇妙である。

 人間は動物の一種なので「暴力が正義」という感覚があり、昔から「勝てば官軍」という言葉もある。力を持っているものは正しく弱い者は間違っているという本能が強い。

 しかし、人間の頭脳が発達し、これほどの文明を構築したのだから暴力が正義であるということを変えられないのだろうか? 私たちはこの辺で「暴力が正義」という不文律を考え直した方が良い。

 それにはフセイン大統領の死刑判決とブレア首相が、なぜ逮捕されずに政治活動を行っているのかという現実を少し考えてみたい。

おわり