― みんなでわたれば怖くないー
2006年2月9日、朝のNHKのニュースで「面白い?話題」を二つ連続して放映していた。
その一つは、
「どこかの会社が自分の会社を良く見せるために現実には無いことを公表していたので、検察の捜査が入った」
という内容だった。実は「どこ」というのも放映されたが、ここでは言いたくない。NHKの放送だから事実関係は信頼できる。
もう一つは、
「どこかの自治体が水素自動車を導入することになった。」
と言うニュースで、
「水素自動車は二酸化炭素の発生量がきわめて少なく、日本の温暖化対策に貢献する。」
と解説されていた。
この二つのニュースには共通点と相違点がある。
【共通点】 両方とも、自分の得になるから粉飾している。
【相違点】 個人は逮捕され、みんななら逮捕されない。
少し解説を加えたい。まず「粉飾」という言葉はあまり品がよくないから頻繁には使いたくないが、最近では、姉歯氏、ホリエモン、そして東横インと類似の事件が続き、小さな粉飾事件も報道されている。
水素を使って走る自動車は技術的には新鮮味もあり、将来は優れた乗り物になるかも知れない。だから当事者が「新しいタイプの自動車」とか「将来、有望な自動車」と言い、NHKもそのように報道すれば何の粉飾もない。
でも「二酸化炭素を出さない」ということになると“ウソ”になる。その理由は、地球上には「エネルギー源としての水素」というものはほとんどないからである。
突然、そういわれても水素時代と言われ、水素エネルギーが現実のものになってきているので、すぐには納得できない人もいると思う。科学的には簡単なことだから解説をしたい。
まず、水の中には水素があるが、これは一番低いエネルギー状態にあるので、もし水から水素を取り出そうとすると石油をエネルギーとして使うので、石油から膨大な二酸化炭素が発生する。
次に、水素源として石油や天然ガスを使うということが考えられる。でも、やはり水素を取り出すには、石油を使わなければならず多くの二酸化炭素を出す。
つまり、「自動車の燃料になる水素」というのは、この世に無いのである。自動車の燃料となる水素を作ろうとしたら石油から作らなければならない。それならガソリンを直接使った方が二酸化炭素の排出量は少ないのである。
自動車の燃料となる水素というものは「無い」のに、なぜ、「ある」ということになっているのだろうか? 「無い」というと仕事がやりにくかったり、補助金をもらえなかったりするので、「ある」と言う。こういうのを粉飾とか偽装とか言うのだと思う。
この世には「思い違い」というのがあるから、科学的知識が乏しく、「自動車の燃料になる水素がある」とみんなが言っているので、本当にあると思っている人もいるだろうが、理科系の人ならみんな水素エネルギーが無いことは知っている。文化系の人も近くにいる理科系の人に聞けばすぐ判るから、思い違いというのはあり得ない。そうすると故意に近い。
【共通点】はこれでよくわかった。では【相違点】はどうだろうか?
個人で粉飾すると逮捕されるかマスコミで厳しく糾弾される。それなのに、なぜ、「水素自動車は二酸化炭素の排出がきわめて少ない」などと言っても誰も逮捕もされず、マスコミも非難しないのだろうか?
まして水素自動車を税金で購入したり、補助金をもらうという行為はかなり際どいのではないか?なぜ、これを検察庁やマスコミが問題にしないのだろうか?
検察庁が取り上げない理由はよくわからない。もちろん故意に取り上げないことはないから、他の事件より小さいと見ているか、それとも「国を挙げての粉飾」をどのように犯罪として取り上げるのか決まっていないのかも知れない。
マスコミはどうだろうか?良くマスコミ批判というのがあるが、マスコミは案外正しい。マスコミはマスコミだけで動くのではなく「社会を映す」という性質がある。たとえ事実と違っていても、いちいち事実かどうか確かめる暇もないので、社会が納得する方向に報道するという特性もある。
それが良いことか悪いことかは直ちにはわからない。マスコミが社会をリードするというのも問題であるし、社会の間違いを増幅するのも感心しない。私はマスコミの人と話してみて、「みんなが言っていること、みんなの関心のあることをそのまま報道している」と感じている。
だから政府や専門家も含めて「水素自動車は環境に良い」と一致して言っているとそのまま報道せざるを得ないところがある。その意味で「マスコミは社会認識の鏡」である。
問題が深刻だから面白いというのもはばかられるが、現代の日本の断面を見る思いがして興味深い。類似の例を一つ挙げる。
JRの新幹線に「東京から大阪まで行くのに、新幹線なら航空機を使うのに対して二酸化炭素の排出量が10分の1」という間違った表現が長い間、テロップに出ていた。こんなにひどい間違いが日本の代表的な交通機関に長い間、流されるのはどういうことだろうと不思議に思った。
新幹線は線路の地盤を作り、橋梁を掛け、トンネルを掘り、レールを敷き、そしてそれらを保守する。これに大半のエネルギーを使い、それだけ二酸化炭素を出す。一方、航空機は空を飛ぶので飛ぶときには二酸化炭素を膨大に出すがレールは要らない。こんなことは中学生でもわかる。
私は新幹線が好きであるし、大いに利用させてもらっている。でも、もしこの宣伝を「収入を増やしたい」という目的をもって流しているのなら、際どい。自分の会社に赤字部門と黒字部門があるときに、赤字部門を合算せず「黒字です」というのに似ている。
でも政府、自治体、大学教授、テレビ局、JR東海・・・と並べば日本の代表選手ばかりである。個人の粉飾がなくなるには当面、検察に努力してもらうことになるのだろうが、本当は日本の代表選手たちが「少なくとも現代の科学で判ること」については粉飾をしないという姿勢を見せることが良いのだろう。
おわり