― 星、また一つ ―

 ライブドアのホリエモンが逮捕された。あまりにも急激な事態の変化に社会も驚きの色を隠せない。

 あれほど新時代の旗手として「ヒルズ族」などとはやしていたマスコミも一転して非難ゴーゴーである。そういえば、ほんの少し前、2005年の年末には今年の「新語・流行語大賞」でホリエモンの「想定内(外)」、そしてホリエモンを選挙で応援した武部幹事長の「小泉劇場」が大変に喜ばしいこととして報道されていたが、あれも何だったのだろうか?

 このニュースは激動中なのでコメントをする時期でもないが、感想を2つ3つ書きたいと思う。

 一つ目が2005年9月11日の郵政選挙。

 自民党は広島6区で郵政民営化に反対した亀井静香議員の対抗馬としてホリエモンを担いだ。本人の希望で無所属での出馬だったが、選挙中、武部幹事長、竹中大臣が積極的に応援したのだから実質的に自民党の公認のようなものである。選挙は惜敗したが、それでも大物亀井静香を追いつめた。

 ライブドアが手入れを受け、自民党執行部が非難されている。「検察の手入れが入るような会社のトップを、こともあろうに国会議員に推薦するとはどういうことだ!」という訳だ。これに対して小泉首相は「その人の全てを知ることはできません」とこれも苦しい言い訳をしているし、せざるを得ないところだろう。

 結果的に自民党を応援するようになってしまうが、このことについての私の感想。

 昔なら選挙の前に、時の政権政党の幹事長が密かに検事正に電話して、「選挙で新しい人を数人、推薦したいと思うのだが、問題のある人がいたらそっと連絡してくれないか?」と言うことぐらいあったかもしれない。確実な証拠を知っている訳ではないが、政界、財界、法曹界のお偉方はお互いに情報に通じ合っていると庶民は思っている。

 法曹の独立、つまり検察や裁判所は政治権力とは独立だといっても、現実にはそうではないと皆は思う。特に検察は時の権力の意のままだという疑いは深い。でも、今回は違う。ホリエモンのライブドアがニッポン放送と死闘を演じたのは2005年の春だ。その時にライブドアの資金の流れについて既におかしいことは薄々わかっていた訳で、その時点から検察は調べに入っていると思われる。

 それから半年、郵政民営化法案が参議院で否決された時には、検察はライブドアに踏み込む最終段階に入っていたと考えられる。何と言っても、一旦、検察が踏み込みライブドアの株価が急落すると、それ自体が問題である。そしてもし間違いだったとしても後戻りはできない。検察もそれなりの捜査と覚悟を持っていたはずである。

 それを自民党幹事長や、まして首相までもが知らないとは!!

 日本は実に良い国だ。検察は権力に情報を渡していない。大した国だ。武部幹事長が人の良さそうな顔をして弱り切っているのを見ると、本人にはすまないが「良い国だ」と思ってしまう。

 二つ目はホリエモンの功績である。

 ホリエモンは正義の味方だった。古くは鼠小僧次郎吉、懐かしき鞍馬天狗、そして最近では必殺仕置人。それが法にかなっていなくても、時にはその行為自体が犯罪でも、庶民はある種の「正義の味方」に喝采する。

 社会にがっちりとした体制ができ、法律や規則がしっかり決まり、実力と経験がものを言うようになると、「面白くない」「夢がない」「破壊することもできない」という社会が出来上がる。確かに、どこから見ても隙はないのだが、好きになれない。イヤで、陰険なニオイのする社会になる。

 日本社会も、太平洋戦争が終わった時は悲惨だったが勢いはあった。松下幸之助、本多宗一郎、田中角栄・・・学歴や経験には無関係な多くの人が裸一貫から立ち上がり、立身出世した。立身出世自体が羨ましいのではない。それよりも、そういう「脇の甘い」社会が人間には合っているのだ。

 それに比べれば最近では「突破した」というニュースより「不祥事」のニュースが多い。つまり順調にやって当たり前、失敗したらペナルティーという「マイナス評価」の社会になってしまった。そういえば、スポーツでも藍ちゃんが出て明るくなったが、かつての王、尾崎、清原などのように、若い高校生が社会の話題をさらうことも無くなった。

 何となく感じるのだが、歌手も、スポーツ選手も、俳優も全国民的に沸き立つ若い人はいない。そんな中でホリエモンは光った。風貌も手伝っていたが、何しろ憎らしい顔をした大人を撫で切りにする。「来るなら来い。お金がすべてだ」と構えてなぎ倒す。法廷闘争でも負けない。

 素晴らしい!ホリエモンが出て久しぶりにすっきりした。2004年のプロ野球球団買収騒動の時でも、ホリエモンと古田選手がいて良かった。日本社会は助かった。

 そんなことは不謹慎だと言われるだろう。確かに不謹慎だ。でも、若者の正義は大人の正義ではない。大人の正義は「法律を破る者は罰せられる」ということだが、若者は「そんなこと言ったら、談合はどうなんだ」ということになるだけである。

 ともかく、彼らは不満である。そして社会は確かに不当である。彼らには将来がある。そして私たちには将来はない。既に暴走族は退治された。酒を飲んで路上にひっくり返っている若者もいなくなり、タバコを投げ捨てる人も減った。

 ホリエモンの会社が検察の手入れを受けたことで日本社会はまた一つ、夢を失った。この人生、せっかく世界一長寿で、ほとんどが世界一お金持ちの国、世界一安全な国に生まれ、幸福に恵まれたのに、息が詰まるように夢がない。

 何をしても監視される。何かすれば咎められる。そんな中で齢を重ね、お金を積んで何かになるのだろうか?ああ、ホリエモン。もし君が何か法律違反をしたのなら、何故、我慢してくれなかったのだろうか?君は社会の星だったのだから。

おわり