前回までで「ダイオキシンは急性毒性や発ガン性などの点では、危険なものではない」ということが納得できたでしょうか? 動物実験では一部の動物に毒性を示しましたが、全体的にはそれほど強い毒性はありませんでした。また人間にはほとんど毒性が認められないというのが科学的データでした。

 でも、私の経験ではこの程度の説明では、今まで「ダイオキシンは毒だ」と考えていた人が納得することはないように思います。私は講演などをする度に、「なぜだろうか?」と考えます。今までダイオキシンが猛毒だと信じている人にその根拠を聞いても、ハッキリしません。「テレビが・・・新聞が・・・」というぐらいです。そしてテレビも新聞も今のところ訂正報道をしていません。

 つまり普通の人は日常的に科学的論文を読むわけではないので、専門家と思われる人がテレビで毒だといえばそれを信用するしかないという事です。でも、ダイオキシンの毒性については専門家(毒物学者、科学の訓練を受けている自然科学者など)は最近までほとんどマスコミに登場していません。

 それは「データが無い」からです。我々は自分の考えを勝手に作るわけにはいかず、しっかりした理論計算やデータが必要で、それも他の人が行っても同じ結果が出なければなりません。ダイオキシンについて、急性毒性だけは1980年頃には判っておりましたが、慢性毒性や生殖毒性、免疫毒性、発ガン性などはいずれも実験に時間が必要です。

 それも生物相手ですし、人間ならさらに難しいので、1つか2つの例を出してもそれが本当かは判らないのです。日本でダイオキシンが大騒動になりテレビで毎日のように報道されていたのは1995年頃からですが、このシリーズで紹介したように発ガン性ですら1997年の報告が最初です。

 その頃、ダイオキシンの毒性の専門家は必死でデータを取り、整理をしていました。我々はそのデータを、固唾を飲んで見ていたという頃です。でもすでにその頃、日本の社会では「ダイオキシンは猛毒」ということで定着していました。それまで盛んに売られていた家庭用焼却炉が追放され、たき火すら禁止になっていったのです。

 社会がこのようにヒステリー状態になると、まともなことは発言できなくなります。ある環境庁(当時)の人が「私はダイオキシンの毒性は弱いと思っていますが、そうは言えないのです」と言っておられました。まさに、ナチスドイツのような状態をマスコミが作り上げていたのです。

 動物と人間に対してダイオキシンがどうだったのか、そのまとめのグラフを2つ示します。それがどんなにこれまでの感覚と違っていても、科学的事実であることは確かですから目を背けないで真正面から見て欲しいと思います。

 まず動物の方から。

 このデータはPitotという人が1987年に発表した、オスのラットの肝臓の異常の発生率を示した物です。横軸がダイオキシン投与量で縦軸が異常の発生数です。ダイオキシンをまったく与えないラットに対して、ダイオキシンを体重1kgに対して一日1ngを与えると、肝臓の異常は少なくなります。そして10ng以上では異常の発生が高くなるのです。

 このようにU字型のカーブを描くのは多くの化学物質に見られる現象です。つまり少量では薬になるが大量では毒になるということです。私たちが病気になると服用する薬はほとんどすべてがこのタイプですから、お医者さんが処方してくれる通りに飲みます。大量に飲むと死ぬことがあるというのは誰でも知っています。

 もちろん薬ばかりではなく、たとえば醤油でも少量なら刺身を美味しく食べられますが、大量になると死亡します。醤油を大量に飲んで死亡したからといって醤油を「猛毒」という人はいません。少量ならOK、大量ならダメというのは普通の事だからです。

 次に人間との関係を整理したデータを示します。

 グラフは横軸がダイオキシン摂取量、縦軸はラットなどの実験データです。本当は縦軸も人間のデータを取りたいのですが、人間にはまだ障害が見つかっていないので、動物のデータで整理をしています。

 ラットと人間の体重差などを考慮して、ダイオキシンを摂取する量がどの程度だったかを見ますと、枯れ葉剤、農薬工場労働者、それにセベソの普通の曝露者などは「高いダイオキシン濃度に晒される」と言っても動物実験のレベルからすると「ダイオキシンの害が出ない程度に少ない量」ということが判ります。

 かろうじてセベソの高曝露者だけが動物実験で障害が見つかった領域と同じような経験をしたことになりますが、動物でも僅かな変化しかないのでセベソでは障害が見つからなかったのかも知れません。

 人間でも「ダイオキシンの曝露者はガンの発生率が低い」ことが認められていますが、動物実験と合致することも判ります。どうもダイオキシンは毒ではなく薬のようです。「ダイオキシンが薬」などというと、また反撃されそうです。「ダイオキシンが薬などということがあるはずが無いじゃないか!いかがわしい学者だ!」と言われるでしょう。だから環境省も言えないのです。

 しかし、その人は庶民ではないと思います。庶民はなんの利害関係もありませんから、データはデータでそのまま見ることができるはずです。「ダイオキシンが薬のはずが無い」という人はそういう根拠を持っているのでしょうか?

 このシリーズの最後の方で書きますが、私たちの体は「自然にあるがまま」がもっとも良い状態であることがいろいろな事実で判っています。細菌がいない無菌室で育つのが良いかというとそうではなく、生まれて数ヶ月、まだ母親の免疫が残っている間に自分の体に免疫を作る必要があり、そのためにはある程度の細菌がいる環境が良いのです。

 ダイオキシンも自然界にあるものですから、それを摂取するのは良い方向に行くのも納得できます。あるトンチンカンなお役人がいて「ヒラタカゲロウという昆虫に亜鉛が毒だから規制するべきだ」と言ったことがあります。その人は日本人に亜鉛不足で味蕾障害(味がわからなくなる病気)がどのぐらいいるのかも知らないのです。

 亜鉛は取りすぎると障害も出ますが、どうしてもある程度は必要なのです。その量はダイオキシンでは体重一キロあたり、一日1ngから10ng程度ですから「ダイオキシンを積極的に取りましょう」ということになります。少し言い過ぎかも知れませんので、「一日1ngから10ngならあまり心配する必要はないようです」程度が適当でしょう。

つづく

中部大学 武田邦彦

(注)ダイオキシンの量や呼び名、またダイオキシンの類似物質をどこまで一緒に評価するかは紆余曲折を経て2000年1月15日に施行されたダイオキシン類対策特別措置法で公的には確定しています。一番、注意を要するのは単に重量の総和としてngと表記される時と、毒性換算した総和でng-TEQと書かれる時があり、後者で標記すると二桁程度値が小さくなります。あまりややこしい専門的なことに話が及ぶと肝心なことまで到達できないので、ここでは統一してngで表示しています。