4.5  難燃剤の混練と性能

4.5.1  難燃性と力学的性質の一般論


(省略)

4.5.2  難燃剤と高分子との相互作用

4.5.2.1 難燃剤のブレンドによる曲げ弾性率の上昇

 ポリカーボネート(PC)及びポリフェニレンエーテル(PPE)に特定の構造の液体状の芳香族低分子化合物をブレンドすると曲げ弾性率の上昇が見られた。特にPCに粘ちょうな液体であるビスフェノールA構造と2ヶのリンを分子内に有する化合物(BBC)を35wt%ブレンドすると,約32%の曲げ弾性率の上昇,PPEに同じくビスフェノールAを含む芳香族アミンをブレンドすると20%の上昇が観測された.有機リン化合物の場合は曲げ弾性率の上昇は分子量に依存する傾向が見られた.動的弾性率の測定を行いブレンドによる高分子鎖の運動について観測したところ,ブレンドによりβ分散に変化がみられた.分散ピークの活性化エネルギー,損失弾性率及び貯蔵弾性率の温度曲線の値と傾向から,低分子化合物はPC及びPPEの高分子鎖とコンプレックスを生成し,β分散に相当する運動を制限し,その結果曲げ弾性率の上昇が見られるものと考えられる.高分子材料の本質的な欠点の1つに材料としての剛性の不足が挙げられる.材料のヤング率を横断的に見てもシリカガラスの94GPa,オーステナイト系ステンレス鋼の200GPaに比較してポリカーボネート(PC)や比較的剛性の高いポリスチレン(PS)で,2GPaと極めて小さい.工業的及び社会で使用される材料の多くは自立性や補強性を求められる構造材料及び基幹材料であり,剛性の低さはこの様な材料の主力分野での高分子材料の進出を押さえている.しかし,材料の性質としての重要性にもかかわらず,高分子材料の剛性が基本的にどのような分子構造に依存しているのかはまだ充分な研究が行われていない.材料学の教科書の1つであるAshbyの"Engineering Materials"には,高分子材料のヤング率の説明を架橋度で行っているが,ヤング率が架橋度に依存する材料は多くはない1).高分子材料の剛性は主として高分子鎖の構造によるものと考えられるが,実際にどのような高分子鎖の運動によって剛性が支配されているのかは明確ではない.たとえば,高分子材料の剛性を高める一般的手段は,高分子材料より剛性の高い材料を混合することである.その典型的なものがガラス繊維をブレンドした高分子複合材料であり,この複合材料のヤング率には高分子とガラス繊維の体積分率によって剛性の加成性が成立する.剛性に加成性が成立すると言うことは高分子材料の剛性がブレンドされた個々の材料の剛性で支配されていて,材料間の相互作用はないと考えられるのである.高分子と溶媒の関係では,高分子に親和性に富む低分子の化合物を混合することにより,高分子鎖の立体的配列や絡み合いを変えたり,さらには低分子と高分子の親和性の差を利用して相分離による効果を研究することが行われる.研究対象とする高分子に対して親和性に乏しい低分子化合物を加える場合を除き,多くの場合は親和性のある低分子化合物を加えることによって高分子鎖の運動が活発になり高分子材料の可塑性を増大させる.すなわち溶媒のブレンドにより剛性は低下する.一方,高分子に対して親和性に富む低分子を混合する場合にあっても,希に可塑化が阻害される少数の例が知られている.この様な化合物を「反可塑剤(antiplastisizer)」と呼ぶ2)3)4).反可塑化の発現は可塑剤の研究が盛んなポリ塩化ビニル(PVC)で多く行われているが5)6)7)8)9),それ以外にもPCやPSなどでも発見され研究が行われている10)11)12).本報告はPC(ポリオキシカルボニルキシ-1,4―フェニレン-プロパン-1,4-フェニレン)及びポリフェニレンエーテル(ポリ(2,6―ジメチル-1,4―フェニレンオキシド;PPE)と特定の有機リン化合物及び芳香族エステルの相互作用を取り扱う.PCは合成の歴史は古いもののその卓越した延性破壊特性が有効に応用されるようになったのは比較的最近のことであり,特にPCの卓越した力学的特徴が高分子鎖の運動と結びつけて理解されるようになったのはさらに最近の研究の成果である.PCは難燃性を有し,ガラス転移温度が高いことから電子部品に用いられ,更にその力学的特性が優れているという特徴を活かして構造材料にも応用される13)14)15).一方,PPEは2,6―ジメチルフェノールを原料として,Cuの配位重合で合成される高分子であり16)17),主要なエンジニアリングプラスチックの1つで,ガラス転移温度は211℃と高く,PCに比較しても60℃以上高いガラス転移温度を有している.さらに難燃性であることから電子機器などの材料として極めて重要である.しかしガラス転移温度が高く難燃性などの基幹材料としての長所を有しているにも関わらず18)19),熱履歴を受けて構造変化を起こしやすいという特徴も有している20)21).本研究では構造材料,基幹材料として特に重要なPC及びPPEに特定の構造を有する低分子化合物を混合することによって,剛性の向上が見られること,主に動的粘弾性特性を測定することによって高分子鎖の運動に関して解析を行った22).PCは日本GE社から提供を受け重量平均分子量(Mw)は23,000である.PPEは塩化第2銅,N,N,N',N'-テトラメチル-1,3-ジアミノプロパン,ジブチルアミンを触媒として,2,6-キシレノールを酸化重合して得た.GPCで測定した分子量(Mw)は37,000,Mw/Mnは2.6であった23).用いた有機リン化合物は大八化学(株)から提供を受けた.その種類と化学構造,省略記号,及びTPP及びPBXの融点をTable 1に示した.有機リン化合物は5価のリンのフォスフェートでフェノール(化合物の略号はPで示した。以下同様),クレゾール(C),キシレノール(X),レゾルシノール(R),ハイドロキノン(H),およびビスフェノールA(B)を置換基に持つものである.これらの低分子化合物はいずれもオキシ塩化リンとフェノール類のフリーデルクラフツ反応により合成したものであり,2量体タイプのものは縮合度の異なるフォスフェートの混合物である.Table 1のTPPのような低分子化合物は生成が容易であることから高い純度のものを使用することができたが,分子内にリンを2ヶ含む低分子化合物は精製が困難であった。重合後精製したPCのペレット及びPPEの粉末と低分子化合物を2軸押出成形機で混練した.混合割合はPC,PPE85,75,及び65wt%に対して,低分子化合物が15,25,及び35wt%を主に選択したが,低分子化合物がTPPである場合については35%含むものは成形が困難であった.用いた押出機はウェルナー社製ZSK-25で,押出温度はPPEの場合280℃で行った。曲げ弾性率(FM:MPa)は島津製作所のオートグラフを用いて行い,23℃及び-195℃でASTM-D790に準拠して測定を行った.荷重たわみ温度(DTUL:℃)は荷重1.82MPaにてASTM-D648に準拠して測定を行った.動的粘弾性はオリエンテック社製レオバイブロンを用い,試料の形状は厚さ1mm,幅5mm,チャック間距離30mm,引張荷重10g,周波数20Hz,昇温速度2℃/min,温度範囲-150℃から200℃で測定を行った。PC及びPPEにTPP及びBBCを添加した試料のDTUL及び23℃と-195℃でのFMの測定を行い, PCにTPP及びBBCを加えるとDTULは混合割合に応じて低くなり,ブレンドしていない時には129℃のDTULが観測されたが,25%TPPをブレンドしたものは49℃に,同じく25%BBCをブレンドしたものは68℃に低下した.一方,曲げ弾性率はTPP,BBCを25%ブレンドするとそれぞれ2.16GPaから2.6GPa,及び2.75GPaへと上昇する.特にBBCを35%もブレンドするとさらに2.83GPaへと上がる.PCが高分子の硬い材料であり,BBCが低分子の粘ちょうな液体であることを考えると,剛性の上昇は著しい。

表 3.5 1  PC/有機リン化合物のブレンドによる曲げ弾性率の上昇

 PPEは剛直な高分子であり,分子量も高くガラス転移温度も高く,曲げ弾性率は2.45GPaと高分子材料成形体の中でも高い方である.PPEにTPP,BBCをブレンドすると,PCの場合と同様にDTULは低くなり,25%ブレンドしたものは,それぞれ79℃,86℃まで低下した.一方,曲げ弾性率ではPPEにTPPをブレンドした場合にはTPPのブレンド量を高くするとPPEは柔らかくなり,25%ブレンドで,FMは2.00GPaまで低下した.しかしBBCのブレンドではブレンド量が増えてもFMは低下せず,かえって硬くなる傾向を示した.またPPEの場合でも-195℃での曲げ弾性率測定では,低温での曲げ弾性率の測定であるために測定時の温度の精度が十分ではないと考えられるが,PPEの3.22GPaに対してBBCでは4.18GPaとかなりの上昇が見られるが,TPPでは3.43GPaと僅かながら増大した.一般的にPPEと芳香族リン酸エステルとは親和性は高く,PPEの流動性を改良するために添加することもあり,さらにPPEの成形体に成形ひずみのある場合にはストレスクラックの原因にもなる.この様にPPEと親和性の高い芳香族リン酸エステルはPPEの高分子鎖を動きやすくすると考えられていたことを考慮すると,BBCのブレンドによる剛性の上昇は著しいと言えよう.


表 3.5 2 PPE/有機リン化合物のブレンドによる曲げ弾性率の上昇

 PPEの剛性の上昇がTPPとBBCで異なったので,種々の低分子化合物とブレンドしFM,曲げ強度(FS),DTULを測定した.この実験条件で測定したPPEのFMは23℃で2.45GPaであったが,本実験で用いた低分子化合物ではTPPを除いてはいずれの化合物を混合してもFMの上昇が見られた.

表 3.5 1 PPEと各種の有機リン化合物のブレンドと曲げ弾性率

 また曲げ強さはPPEで108MPaであったがTPPを除くリン化合物でいずれも上昇が見られた.しかしFMの上昇が著しかったBBCにおいても曲げ強度は混合比率を上げてもさほど顕著には上昇せず,15%以上は127MPa程度であった.しかし,曲げ強度においてもTPPとBBCのブレンド材料の傾向は異なることが明らかになった.またDTULはいずれのリン化合物でも混合によって低下し,TPPを35%混合したものは56℃を示した.

図 3.5 3 PPEの曲げ弾性率(リン化合物とフタル酸エステル)

 リン化合物の場合は分子量が増大するとFMは直線的に上昇し,相関関係が得られている.しかし芳香族エステルの場合には分子量に依存しているとは言いがたい.低分子化合物の分子量の違いは同時に粘度,融点,相互溶解性,エントロピー変化などを伴い,それらのいわば化学的因子が成形体のFMに影響を与えていると考えることもできる.たとえば本研究に用いた低分子化合物の化学構造から計算した溶解度パラメーターとFMとの関係を整理すると,溶解度パラメーターと曲げ弾性率の関係ではPPEに対してやや溶解しにくい溶媒の場合,FMが増加する傾向にあったものの,溶解度パラメーター自体が比容の測定結果に大きく依存することから信頼性のある結果は得られない.化学的な相互作用よりも分子の大きさに依存する立体的効果がPPEの曲げ弾性率に関与しているとも考えられる.次にPCとTPP,BBCのブレンド試料の結果を整理して示した.

図 3.5 4 ポリカーボネートとリン化合物のブレンドによる曲げ弾性率の変化

 PCと低分子化合物のブレンドでは, DTULではTPPとBBCがブレンド量に対してほぼ同程度の変化をしているのに対して,FMはブレンド量が増えるにつれてFMの増大が見られるものの,その程度はTPPとBBCでかなり異なることが判る.次にPPEと低分子化合物のブレンド試料の23℃,及び-195℃のFMの測定結果を整理した.PPEとTPPのブレンドの場合にはTPPのブレンド比に応じてDTULが低下し,FMは23℃の場合はTPPのブレンド比に強く依存しないがそれでもTPPの割合に応じて僅かに低下していることが判る.また-195℃ではTPPのブレンドによってFMの上昇が見られる.TPPは常温では固体の低分子化合物であり,60℃程度で昇華する.固体であってもFMを下降させ,DTULを下げるのは,TPPがPPEに極めて良く溶解し,混合率に比例して熱変形温度が低下するのはPPEの高分子鎖の間にほぼ均一にTPPが溶解しそれによってPPEの運動がより自由になる為と考えられる.

図 3.5 5 常温における曲げ弾性率の変化

 これに対して-195℃での状態ではTPPが固体であり,PPEへの溶解がどの程度であるかは明確ではない.しかし曲げ弾性率の上昇が僅かであることからこの温度でもTPPはPPEに均一に溶解し,溶媒として考えればPPE鎖の運動をより容易にしているのであろう.BBCでは粘度の高い液体であり,不純物が若干混合しているので融点も一定しない.ブレンドによるDTULの変化は大きく,粘度の高い液体の混合の一般的傾向を示している.曲げ弾性率は23℃でも低温でも上昇が見られる.特に-195℃における曲げ弾性率の上昇は極めて顕著であった.低温における高分子鎖との相互作用が考えられる.以上の結果を考慮してPPEとPCに対して低分子化合物が高分子鎖の運動にどのような影響を与えているかについて動的粘弾性特性を測定して検討を加えた.

図 3.5 6 PC/OPブレンドの損失弾性率

 PC及びPCと低分子化合物とのブレンドした材料の損失弾性率の温度依存性を示した.PCは良く知られたように150℃付近の主分散と100℃付近のβ分散,さらに-100℃付近で大きな分散が観測される.-100℃の大きな分散がPCの高い衝撃強度発現につながっていると考えられている.損失弾性率の分散ピークの大きさ,ピーク温度が衝撃強度,弾性率及び熱的性質にどのように影響するかを定量的に議論するまで研究は進んでいないが,損失弾性率の分散ピークが高分子鎖を何らかの要因で運動の拘束があり,それが解けることを意味しているのは間違いがない.PCとTPPのブレンドによって主分散温度が大きく変化すると共にβ分散ピークも-50℃程度に移動している.-100℃付近の分散は小さくなり,PCの重合単位の数ヶがまとまって運動する動きが抑制されていると考えられる.またBBCでも低温の運動が抑制され,さらにβ分散も顕著に見られない.BBCのブレンドによる高分子鎖の抑制はより低温側に移動したとも考えられる.

図 3.5 7 PC/OPブレンドの貯蔵弾性率

 また,弾性率の上昇は貯蔵弾性率の値に直接あらわれるので貯蔵弾性率の測定値を示す.貯蔵弾性率のプロットではPC/BBCのブレンドが60℃以上の温度で明瞭に弾性率が高いことから主鎖のα分散とβ分散が重なり合っていると考えることができよう.一方,BBCをブレンドした試料の弾性率は低温でもブレンドしない試料に対して高いが,TPPの場合には常温付近でいったんブレンドしていない試料に対して曲げ弾性率が高くなるが,低温ではブレンドしていないPCとの差はなくなり,むしろ-150℃以下では逆転している.これはBBCブレンドと低分子化合物をブレンドしていないPCの場合にはγ分散が観測されるのに対して,TPPではγ分散は観測されない.この分散による弾性率の低下が見られないことは低温での緩和は高分子の局部的な運動に関係しているので,材料全体の特性である曲げ弾性率とは関係が少ないことを示している.

図 3.5 8 PPE/OPブレンドの曲げ弾性率

 PPEと低分子化合物のブレンド試料の粘弾性特性を示したが,PCとTPP及びBBCのブレンドと同様な傾向が見られる.PPEとのブレンドの場合には主鎖全体の運動を示すα分散と共に,局所的な運動を示すβ分散の温度も-20℃程度に低下している.γ分散は明瞭ではないが,分散は小さくなっている.これに対してFMが上昇したPPE/BBCの場合にはβ分散の損失弾性率の絶対値が上昇し,β分散温度も10℃程度の上昇が見られる.BBCは粘度の高い液体であり,混合によって高分子鎖が動きやすくなるとすると,β分散温度も低下することが考えられる.またγ分散についてもその温度が上昇している.PPEのγ分散の解釈は難しく,主鎖の回転運動,及び含水率などの影響で大きく変化する.しかし,β分散は主鎖のかなり大きな運動であり再現性も良い.このことからBBCがPPEの主鎖の運動を制限し,剛性の上昇につながっていると考えられる. またPPEはPSと完全に相溶するという点で低分子化合物の粘弾性を検討するときに,PPE/PSアロイの粘弾性挙動を参考にすることは意味のあることである. PPEの損失弾性率のチャートではPSのブレンドによってα分散温度が低下し,β分散,γ分散ともに変化が小さくなる.しかし,β分散の温度は少し上昇しており高分子鎖の小さな運動がPSの混合によって制限されていることを示している.

図 3.5 9 PPE/PSの損失弾性率

 高分子主鎖の全体の運動と局所的な動きが同じように起こるのなら,α分散の温度の変化と同様にβ分散でも移動すると考えられる.しかしPPEとPSのような高分子同士のブレンドにおいても高分子鎖の局所的な運動は主鎖全体の動きと異なることがわかる.

図 3.5 10 損失弾性率( PPE/AC=85/15 ).

 PPEと芳香族エステルのブレンド試料の損失弾性率を示す.この場合も,ブレンドによって曲げ弾性率の上昇が少ないPPE/DPPブレンド材料ではβ転位温度は僅かに低下しているが,曲げ弾性率が上昇したDPIP及びDPTPはβ転位温度が上昇した. 動的粘弾性測定はPetrisらが1967年に分子量30,000の材料を用いて粘弾性の測定を行い,基本的な粘弾性特性とβ分散の活性化エネルギーを求めた24).その後,動的粘弾性の研究から高分子材料の力学特性を解析することができ得るという観点からの多くの研究があり25)26)27),β分散の動きが材料の力学的特性に大きな影響があることが判っている.さらにSauerらは数種類の芳香族高分子の粘弾性を測定し,PPEのγ分散の活性化エネルギーが20kJ/mol,β分散が40kJ/mol程度であることを報告している.高分子鎖がある程度運動を制限されている中でもその中を拡散する分子量100-200前後の分子の拡散の活性化エネルギーは高々15kJ/mol程度であるから40kJ/molと言う絶対値は比較的大きく,高分子の大きな集団での拡散であると考えられる.しかしγ分散においては活性化エネルギーはかなり小さく,これは高分子鎖に運動を制限されているとはいえ,局部的な運動であると言える.活性化エネルギーの絶対値は更に大きい値を得たが,全体の傾向は上記の知見と一致している.

表 3.5 2 分散ピークの活性化エネルギー

 併せて射出成形と圧縮成形の差の測定結果を示した.溶媒との相互作用が直接的に現れる圧縮成形の場合のβ分散はBBCの場合,32kcal/molから120,140kcal/molと大きく上昇している.またγ分散の活性化エネルギーも僅かではあるが上昇が見られる.活性化エネルギーの変化は種々の要因に因るが,高分子主鎖の比較的小さな運動がリン化合物の混合によって阻害されている可能性がある.PPEの動的弾性率の分散ピークについては上記の研究を含めて多くの報告がある.たとえばSauerらは-173℃から-93℃に見られるγ分散はフェニレンの回転運動に帰属でき,-93℃から-83℃のβ分散は活性化エネルギーが40-50kJ/molであり水の影響が大きいので,水と高分子の相互作用によるものと報告している28).PPEは溶融流動性が悪く,合成時に用いるトルエンなどの溶媒を除くのが大変であることから,溶媒の影響や成形ひずみの影響も考慮する必要があろう.合成直後の材料そのままを用いたものとベンゼンに溶解した後,メチルアルコールで再沈させて精製した試料を用いて測定を行った例では,再沈させたβ分散は多少温度が上がり,ピークも小さくなっているが,γ分散はほとんど見えなくなっている.溶媒との相互作用に基づく分散がγ分散であるようにも考えられる.γ分散は水の含有量を変化させると大きく異なることも報告されている29).

 以上のようにPPEの動的粘弾性測定は溶媒や成形条件などで変化するので,一貫した解釈が難しいが,PPE及びPCと低分子化合物のブレンド試料の損失弾性率及び貯蔵弾性率からの知見では低分子化合物がこれらの高分子鎖の運動のうち,β分散に相当するようなある程度まとまった鎖の運動を制限しており,その結果粘度の高い液体をブレンドしても曲げ弾性率が上昇するものと考えられる.損失弾性率の温度依存性などから,PC及びPPEと低分子化合物のブレンドで観測された剛性の上昇は,高分子鎖と低分子化合物の局所的な相互作用による高分子鎖の運動の抑制であると考えられる.この運動の抑制はPPE/PSのような高分子同士の鎖の相互作用とは異なり,高分子の剛直性を増大させる可能性がある.


図 3.5 11 コンピューター・シミュレーションによる安定性計算の出発構造(PPE)


図 3.5 12 コンピューター・シミュレーションによる安定性計算の出発構造(BBC)


図 3.5 13 PPEとBBCの安定構造

図 3.5 14  PPEとBBCの安定構造


参考文献

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